慢性鼻炎・冷え症・ドライアイ・近眼、数年前からは老眼に…虚弱体質人間の病気の治療日記

鼻づまり@興奮の証?

急に鼻がつまり出す:

quadroを出た後、急に鼻づまりで息苦しくなる。どうしたんだろう? 購入したジーンズが、実はあまり気に入っていない証なのか? それとも店長さんとの会話に、どこか自分を押さえ込んでいたような部分があったのか?
スタバに入る。鼻づまりは酷くなる一方…ちょうど端の席が確保できたので、鼻づまりについてプロセスワークを試みる。
今日のスタバは、いつになく空いている。それに一人客ばかりで静まり返っている。まるで、プロセスワークのためのお膳立てをしてくれているようだ。

鼻づまりのプロセスワーク:

鼻づまりに意識を集中する。どうやら実際、鼻はつまってなどいないようだ。にもかかわらず息苦しさを感じている。
鼻づまりに集中し続ける。不意に、拡声器越しで歪んだような子供の声が聞こえて来る。子供などいないはずなのに…
無気味な子供の声に連想が働く。親戚の画家が描く気味の悪い子供の絵。
続いて鼻づまりの感覚は、「鼻骨」の辺りで感じていることに気づく。ここでまた連想。馬のような鼻筋をした同級生で実は親戚のUさん。高校の時、母からそのことを聞かされて顔が真っ赤になったことを思い出す。
続けて、Uさんの髪型が外巻きのカールだったことを思い浮かべる。「外巻きカール」からウキウキした感じを味わう。
「鼻骨」から更に「魔法使いのおばあさんの鼻」を連想する。ついでに杖やマントも。
「マント」から、幼稚園の演劇で「ヨゼフ様」を演じたことを思い出す。茶色のマント、紫の布地に金色の装飾が施された冠…得意気に演じる幼稚園時の私。

鼻づまりのプロセスワークを分析する:

プロセスワークで出てきた連想を見渡す。どの連想も「鼻づまり」という、一つのキーワードから出てきたものであり、ユング心理学でいうところの「コンプレックス」を形成している。
そのコンプレックスの中核として興奮という単語が出てくる。もう少し広げるとテンションの高い状態。
以上をまとめると鼻づまりは、一種の興奮状態を体現しているようだ。それを「詰まる」という形で表現するのは、興奮した状態を「吐き出し難い」=適切に表現できていないことを示している気がしてならない。
quadroの店長さんと長々と話をさせていただいたが、自分で実感している以上に実は重要な気づきを得ていたのかもしれない。鼻づまりは、それについての内なる興奮のような気がする。
本来ならプロセス(興奮)を例えば「体の動き」などで実感すべきなのだが、スタバでそれをやるのは恥ずかし過ぎる。家に帰ってからでも、じっくり味わうとしよう。
そうでなければ単なる「知的理解」に終わってしまい、それは真の意味でプロセスを生きたことにはならない。

再び鼻づまり:

また鼻づまりが酷くなってきた。おまけに目も痒くなってきた。これは記事を書き上げたことへの興奮なのか? それとも興奮を体現するように促しているのか? はたまた分析のハズレを示しているのか? 今の時点では見当も付かない…
どうも杉以外の花粉症らしい…今までのプロセスワークは何だったのか…実家に帰らせていただきます(泣)
花粉対策に、鼻炎・鼻づまりなどに竹酢をシュッ!! 竹酢deすっきり!
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