独裁者スターリンに見られる理想自己の働き~自己愛講座13

先日、NHKBSプレミアム「ザ・プロファイラー~夢と野望の人生~」でヨシフ・スターリンの人生が取り上げられていました。
2000万人の国民を死に追いやった冷酷非情な独裁者として知られるスターリンですが、(断片的な情報からではありますが)番組で紹介された彼の人生からは、私の専門である自己愛的性格傾向が非常に色濃く感じられました。

神のように君臨しているのは理想自己に過ぎず、現実自己は奴隷のような存在とみなされている

まず最初に興味を引かれたのは、スターリンの次の言葉です。

「人は自分で神を作り出し、それに隷属する」
「私はスターリンではない、新聞の中のスターリン、肖像画の中のスターリンこそがスターリンだ」

番組のHPには「人は自分で神を作り出し、それに隷属する」とうそぶくと書かれていますが、私にはこの言葉はむしろ彼の強い信念を表しているように思えました。

ここで隷属という言葉が使われていますように、神のように君臨しているのは現実のスターリンではなく、彼の中の「こうありたい」と願う理想的な自己像(以下「理想自己」と略)のことを指していると思われます。
そしてその理想自己に隷属すると言っていますように、現実の彼(以下「現実自己」と略)は理想自己に遠く及ばず、それに奴隷として奉仕する存在に過ぎないと、非常に強い自己卑下の感覚に苛まれていることが示唆されます。
つまり現実の彼は、非常に低い自尊心しか持ち得ていなかったのではないかと思われます。

ですから2つめの「私はスターリンではない、新聞の中のスターリン、肖像画の中のスターリンこそがスターリンだ」も同様で、神のように君臨する理想的な自己イメージは、彼が命じて作らせたマスメディアや肖像画の中のイメージでしかないことを、彼は言っているのだと思われます。

そしてこれらの考察を踏まえますと、ロシア語で「鋼鉄の人」を意味するスターリンという名前も、やはり「そうありたい」と願う彼の理想自己に対する呼称に過ぎないものと思われます。

理想化自己対象「レーニン」の強い影響

番組の内容から感じられたもう一つの特徴は理想化自己対象、より具体的にはその対象として機能していたレーニンの強い影響です。
番組によればスターリンは若い頃、レーニンの活動資金を工面するために銀行強盗を働いたことがあるそうです。
このエピソードなども自分が理想視する存在のためなら手段を選ばず奉仕する彼の隷属的な性格を示していると思われます。

以上のことから、彼が犯した残虐な行為の数々は現実の彼自身(現実自己)のための利己的な行為というよりも、かつてのレーニン、そしてレーニンの死後は、そのレーニンの精神が内在化され自分の一部として機能し始めた理想自己のための奉仕であったのではないかとさえ思えてきます。

極めて低い自尊心を誇大的な自己イメージ(理想自己)でもってカバーしようと欲し、その結果生じる万能感(という錯覚)が独善的な行為へと駆り立てる、それが程度の差こそあれ自己愛的な性格構造を有する人に共通してみられる特徴です。

自己愛的な性格構造の人の理想自己の働き 参考文献

最後にスターリンに限らず、自己愛的な性格構造の人の理想自己の働きに関する参考文献として、岡野憲一郎著「恥と自己愛の精神分析:対人恐怖から差別論まで」を挙げておきます。
一冊丸ごと自己愛的な心理に関して、比較的平素でありながら非常に緻密な分析がなされていますのでお勧めです。

※理想自己の働き 関連ページ
自己愛的な人が認めて欲しいのは(現実のではなく)理想的な自分の姿:自己愛講座9

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