安倍首相のイスラム国への弱みを見せない毅然とした態度は、人道支援に限定されるかぎりにおいては適切

前回の投稿「ヨルダンの方々の追悼の意に、後藤さんの死への無念の思いが救われた気がしました」の内容と矛盾するかもしれませんが、今回は後藤さん殺害に対する安倍首相のイスラム国に対するスピーチの内容について書かせていただきます。
ただし私は政治に関してはまったくの素人ですので、今回の内容はあくまで心理学的、具体的には精神分析的なパーソナリティ理論を援用した私的な見解です。

安倍首相の「罪を償わせる」発言が波紋を呼ぶ

安倍首相「罪を償わせる」談話に世界がびっくり? 「平和主義から離れ、報復を誓う」と海外報道も : J-CASTニュース

上述の記事などにも書かれてありますように、安倍首相が個人的に「罪を償わせる」との一文を加えたため、海外メディアのみならず日本の多くの方々も「報復」「軍事行動」を示唆しているように思えて危機感を感じたことと思われます。
これに関して同じく安陪首相は、リンク先の記事では言及されていませんがニュース映像では「人道支援の継続」旨の言葉を使っていましたので、今回はこの言葉を文字通りの意味に解して話を進めます。

反社会的パーソナリティの集団が疑われるイスラム国

イスラム国のような蛮行には罪悪感の欠如が疑われますが、この罪悪感の欠如が顕著な性格タイプには反社会性パーソナリティ自己愛性パーソナリティがあります。
しかし自己愛性パーソナリティの人には非常に強い賞賛欲求と恥の観念、および非常に高い理想という特徴がありますが、イスラム国の行動にはこれらのいずれもあまり見受けられません。
ですからイスラム国の主要メンバーは反社会的パーソナリティの人間ではないかと推測されます。

反社会的パーソナリティの人に人間味を示すことは逆効果

以前に紹介した「パーソナリティ障害の診断と治療」によれば、反社会的パーソナリティの人は、他人の弱みに付け込み操作することに動機づけられており、他人は憂さ晴らしの対象でしかありません。
ですから人間として当たり前の「情」を示すことは、ほとんどの方には歓迎されるのに対して、反社会的パーソナリティの人にとっては弱さの証にしかならず、したがって付け入る隙が多い格好のターゲットにされてしまいます。

このような反社会的パーソナリティの人の特徴から、冒頭の安倍首相のイスラム国に対する弱みを見せない毅然とした態度は、あくまで人道支援に限定されるかぎりにおいては適切だと思えました。

参考文献

ナンシー・マックウィリアムズ著「パーソナリティ障害の診断と治療」

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