私説:晩年のコフートは人間の自己愛的な欲求(自己対象欲求)を普遍化し過ぎたのでは

今回は「私説:子育てなど環境の影響を強調し過ぎたことで、アダルトチルドレンの他罰主義的思想などを助長してしまったコフートの自己心理学」の最後で触れた、当初は私から見ればバランスの良い考え方をしていたコフートが晩年に近づくにしたがい人間の自己愛的な欲求(自己対象欲求)を普遍化していった様子について書きます。

人間関係に関わる根源的な欲求として自己対象欲求を想定したコフート

これまで自己愛講座自己対象欲求と呼ばれる人間の心理的な欲求を何度か取り上げました。
これはコフートの晩年の考え方に従えば、人間なら誰しも持っている人間関係に関わる根源的な欲求です。

簡単に振り返りますと、自分の存在価値を感じるために他人からその価値を承認あるいは賞賛して欲しいと願う鏡(鏡映)自己対象欲求、不安になったときに頼りにできたり、人生の目標や理想的な姿を示してくれるような存在を望む理想化自己対象欲求、そして自分と似た部分を持つ人と一緒にいることで安心感を得たいと願う分身(双子)自己対象欲求の3つの欲求です。

当初コフートは自己対象欲求を自己愛障害に特有の欲求と見なしていた

最初の重要な著書である『自己の分析』を書いた頃のコフートは、上述の自己対象欲求を自己愛障害(現在の自己愛性パーソナリティ障害)の人に固有の欲求と考えていたようです。
具体的には分析家である自分に対して被分析家(相談者)が頻繁に承認や賞賛を求めたり、あるいは過剰に自分のことを理想化したりすることがあれば、そのことをもって自己愛障害と診断していました。

自己愛障害の治療には自己対象欲求の充足が必要との考えを提唱

そしてその自己愛障害の人に対しては、自己対象欲求を直ちに問題視するのではなく、ロジャーズ派の傾聴の要約や明確化に近い形の解釈を伝えつつその欲求を受け止め続けることが有効と考え実践していたようです。

ちなみに、このコフートのアプローチの仕方は、私の経験では自己愛性パーソナリティ障害の診断が下されるほど重症の人の向ける自己対象欲求は相手を消耗させてしまうほど激しく、それは辛い日常を生き延びるための必死の方策の現れと想定されるため、それ以外のアプローチはすべて関係を悪化させるだけで役に立たなかったからではないかと考えられます。
ですから、このコフートのアプローチは日々の臨床経験から生まれたものではないかと私は考えています。

自己対象欲求もその充足も普遍化していった晩年のコフート

以上のように自己対象欲求とは、元々は自己愛障害の人に顕著に現れるもので、その激しさゆえに少なくても治療の初期にはその充足に徹するしか術がないとの理解だったように思えます。

ところがその後のコフートは『自己の修復』そして最後の著書『自己の治癒』へと至るうちに考え方を大きく変えていきました。

自己対象欲求を誰もが常に充足を求めるほど普遍的な欲求と考えるように変化したコフート

具体的には自己対象欲求を自己愛障害の人だけではなく、人間なら誰もが欲する普遍的な欲求と考えるようになりました。
しかもそれだけではなくその程度についてもそれを空気に例え、生涯にわたって常に必要とされるものとまで考えるようになりました。

自身の理論を自己愛の心理学からより普遍的な自己心理学へと改訂

ここに至って自己対象欲求の理論は病理的な自己愛の心理の記述のためではなく人間一般の心を考察するための理論へと昇格したため、コフートは自身の理論を自己心理学と呼ぶようになりました。

かつて自己愛障害の人の行為とみなされていたことが正常なものへと改訂された印象さえ受ける

この自己対象欲求の普遍化に対しては「誰もが欲する当たり前の欲求」という点については同意します。
しかし空気のように常に満たされ続ける必要があるものとの考えには違和感を感じます。

なぜならこのコフートの例えから連想されるのは、不安や悲しみ、寂しさなどの辛い感情を感じたときに、それを少しも我慢することなく他人の迷惑など顧みず即座に誰かを頼って解消しようとするような人のイメージです。
ですがこうした人の行為を人間なら当然のこととして許容できる人が、果たしてどれだけいるでしょうか。
しかしコフートの言葉を文字通りに受け止めれば、このような人間像になってしまうのです。

欲求は我慢する必要がないと考えるようになりつつある現代人

以上のような晩年のコフートの考え方が直接援用されているわけではありませんが、5年ほどまえからマスメディアの福祉番組などを通して、この自己対象欲求を無条件に肯定するような考え方を地で行くような価値観の広がりを感じるようになりました。
次回はその点について書こうと思っています。

参考文献

ハインツ・コフート著『自己の治癒』、みすず書房、1995年

コフートの著書は精神分析家の間でも難解と言われ、最後の著書であるこの『自己の治癒』だけが唯一読みやすいものとして知られています。
ですが今回述べたような特徴を有していますので、ぜひ批判的に読み進めていただけますでしょうか。

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