今回の自己愛講座では自己愛講座1の承認欲求、自己愛講座4の現実と空想との混同、自己愛講座8の「理想化-価値下げ」の防衛機制などの考察に基づき、自己愛的な性格構造の人の承認欲求の実態を掘り下げます。
自己愛的な性格構造の人の心理の概略
自己愛的な人は自己愛講座1で触れましたように自尊心の維持をもっぱら他人からの肯定的な評価に頼っているため、非常に強い承認・賞賛欲求を有しています。
ところが自己愛的な人は自己愛講座8で記した「理想化-価値下げ」の防衛機制の働きによって、自分を理想化し他人に優越感を感じたいという欲求も同時に持っています。
さらに自分が「価値下げ」の状態の陥った時に生じる無価値感などの非常に不快な感情を避けるために、頻繁に頭の中で理想的な自分の姿(自己イメージ)を思い描き、その空想上の自己イメージに積極的に自分の姿を重ね合せ「それこそが本当の自分の姿だ」と信じ込もうとし、その結果しばしば自己愛講座4で述べた「現実と空想との混同」が生じます。
自己愛的な人が認めて欲しいのは(現実ではなく)理想的な自分の姿
自己愛的な人は多分にこうした空想に過ぎない理想的な自己イメージを本当の自分の姿と錯覚しながら日々の生活を送っているため(小此木啓吾は『自己愛人間』でこの様子をイリュージョン(幻想)の中で生きる人々と称しました)、他人から認められたいと思うときの自分は、他者から観察可能な姿ではなく、頭の中で思い描いた理想的な姿となりがちです。
これが周囲の人の目にはDSMの自己愛性パーソナリティ障害の診断項目の一つとしてもお馴染みの「絶え間ない賞賛欲求」と写りますが、自己愛的な人からすれば観察可能な姿を褒めてもらった程度では理想の姿には遠く及ばないため全く満足できず、もっと「ちゃんと(正当に)評価して欲しい」との思いを生じさせ、その結果としての絶え間ない賞賛欲求です。
ですからそのように見えるだけで、決して根拠もなく賞賛され続けること自体が目的なのではありません。
またこの自分の期待とは程遠いレベルの認められ方・褒め方しかしてもらえないとの思いが「不当に評価されている」「誰からも認めてもらえない(世界一)可哀想な人」といった不満や悲しみに結びつきます。
このように自己愛的な人の不満や悲しみは、よほど気心の知れた人でしか分からないような他者から観察不可能なことへの承認欲求や、その水準自体が高すぎることから生まれています。
自己愛講座9 参考文献
ナンシー・マックウィリアムズ著『パーソナリティ障害の診断と治療』、創元社、2005年
岡野憲一郎著『恥と自己愛の精神分析:対人恐怖から差別論まで』、岩崎学術出版社、1998年
小此木啓吾「自己愛人間」ちくま学芸文庫