対象関係論の想定する健全な心の状態~抑うつポジション

私の主要な関心事が自己愛であることから、これまでの記事の大半はその研究から出発した自己心理学をベースとしたものでした。
ですので今回は別の心理療法である対象関係論の健康観について書かせていただきます。
私がとても気に入っている健康観です。

対象関係論のポジション理論

対象関係論とはポストフロイディアンとも呼ばれる、フロイト以降に登場した精神分析理論の一つです。
(自己心理学もその一つです)
その対象関係論を特徴づけるものとしてポジションの概念があります。
この概念は日々の出来事に反応して変動する心の状態を記述したもので、これまで私が述べてきた病態水準に近い概念です。

※ただしこの概念自体はメラニー・クラインの考案したものです。
(クラインの理論については別の機会に紹介します)

このポジション理論では「妄想-分裂ポジション」「抑うつポジション」という2つの心の状態が想定されています。
この二つの名称からは、どちらもあまり健康的なイメージを抱けないと思います。
ところが二つめの「抑うつポジション」が対象関係論で想定されている健全な状態なのです。
うつ病などで用いられる「抑うつ」のどこが健全なのかと思われるかもしれませんが、その理由は次のとおりです。

適度な抑うつ状態を健康と考える対象関係論

このことについては、まず以前に書いた「病態水準の違いによる、陰口や噂話の知覚や解釈の仕方の変化」の中の「神経症水準の人の陰口や噂話の知覚や解釈の仕方の特徴」の項目をご参照いただけますでしょうか。

ここでは自分でもおかしいと自覚していながら、それでもなぜかそれを止められないことが綴られていますが、対象関係論では「誰でもそのような神経症的な部分を有している」と想定しています。

これはすべてを自覚してコントロールすることを理想としたフロイトの考えを継承している部分だと思われますが、ストレスを感じたときにそれを安易に気晴らしで発散するのではなく、それとしっかり向き合うことができる人を健全な人と考えているためですが、そうして極力ストレス発散を避け、どんな悩みにも常に向き合うような生活を送れば、当然ですが気分は多少なりとも落ち込みがちになります。

以上のような想定から、対象関係論の考えでは健全な人は多少なりとも気分が落ち込んでいるのが当たり前であり、それが抑うつポジションという名称の意味するところです。

抑うつ状態も慣れてしまえば大して苦痛ではなく、むしろ成長の原動力にさえなる

このような健康観を私が気に入っている理由は、私自身が経験していることですが、それが深刻なものでない限りは、ひとたびその抑うつ状態に慣れてしまえば大して苦痛ではなくなり、むしろ成長の原動力にさえなることもあるためです。

悔しさが向上心に転じた例

手前味噌ですが、その例を挙げます。

実は人一倍、負けず嫌いだったことが判明…

こちらは2年前の写真のコンペの時の出来事です。
大賞が獲れなかったことでガッカリするとともに猛烈な悔しさを感じ、しかしその悔しさがそれほど時を経ずに向上心に転じたため、大して落ち込む間もなくすぐに写真を撮り始めたというエピソードです。

ストレスを発散し続けていては心理的な成長は望めない

一般的にガッカリすることだけでなく悔しさも経験したいとは思わない感情でしょうから、その意味でストレスの一種と言えると思われます。
そのためその感情が強ければ強いほど、それがもたらす不快な心理状態から逃れるために様々なストレス発散行為をしたい衝動に駆られがちです。

ですが対象関係論が健全と想定しているような、ストレスを安易に発散せず、その不快な感情や感覚をしっかりと自覚し続けることを習慣づけている人は、ストレス耐性が高くなっているために、それほどショックを感じたり落ち込むこともないため、その体験を糧に心理的な成長を遂げていきます。

注)ただしここでの成長とは、人格者や聖人・偉人のような存在になることではなく、既述のように自己コントロール力の高まりを意味します。
その力の高まりによって(ストレス発散などにではなく)自分の望む方向に進むために、より多くのエネルギーを使えるようになって行くという意味合いです。

私自身の例も8年前に集中して行った自己分析により培われた精神的なタフさ(=ストレス耐性の高さ)を武器にして、ストレスをそれほど苦痛と感じずそれと向き合いながら生活してきたことで起こり得たものと考えられます。

このようにストレスを発散し続けていては心理的な成長は望めないと考えるのが対象関係論の一つの特徴です。

現在はまったくウケない対象関係論的な健康観

なお今回の対象関係論のような健康観は、以前に「現代人は一人で居られる能力が急速に衰え、対人依存的になってきている」の中で触れた、今よりも一人で居られる能力が平均的に高かった頃には比較的支持されていたようですが、スマホやSNSが普及し出したころから急速にウケが悪くなり、今ではストレスは上手に発散するものとの考えが支持され、また「我慢しなくていい」という言葉が盛んに聞かれるようにもなって来ています。

ただ例外的に、この対象関係論の健康観を後押しする可能性のある技法が、心理臨床の場のみならず一般的にも注目されるようにもなって来ていますので、次回のこのテーマでは、そのことについて書かせていただく予定です。

対象関係論お勧め本

最後に対象関係論のお勧め本として、次の本を挙げておきます。

松木邦裕著『対象関係論を学ぶ-クライン派精神分析入門』、岩崎学術出版社、1996年

日本における対象関係論の第一人者の手による入門書で、私の知る限り精神分析の知識を必要としない唯一の解説本です。

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