今回の記事は以前に「発達障害の、すべての問題の原因を脳の機能障害とする説への疑問」で紹介した『ウタ・フリスの自閉症入門―その世界を理解するために』の書評です。
世間の広まる自閉症のイメージと大きく異なる内容
この本の特徴は次の文章によく表れています。
自閉症の原因や自閉症の脳について、伝えるべき明確な事柄はほとんどないという事実は隠しようがありません。(同書 P.88)
この本は古典的な(重症域の)自閉症のみならず自閉症スペクトラム全般を扱っていますので、ここでの自閉症もその意味で使われています。
本書は自閉症の原因に関する5大仮説など有益な知見を類書以上に数多く紹介しながらも、しかしそのいずれもが未だ決め手に欠くものであるというスタンスで書かれています。
だとすると、前回の記事でも触れました、世間に広まっている自閉症スペクトラムや発達障害のイメージ、つまり脳の機能障害を原因とした疾患であることが「分かっている」という認識と、大きな開きがあるのではないでしょうか。
マスメディアのフィルターを通る段階で、情報は断定的なものへと変えられてしまう
もっとも(マス)メディアの特性を考えると、フリス氏の著書の方が例外的な存在であると言えます。
なぜなら書籍にせよテレビにせよ、それらの情報の受け手は「明確に分かっていること」を知りたいと願いものであると想定されており、そのゆえそれらのメディア関係者はそのニーズを満たすような情報の発信の仕方に努める傾向があるためです。
このため番組の制作に協力する専門家や本の著者などには、多かれ少なかれ断定的な言い回しをするような圧力がかかりますし、また私自身何度も経験していることですが、そうではない情報の提供の仕方をしても校正の段階で(時に意味内容が変わってしまうほど)書き換えられてしまうことも、しばしばあります。
補足)加えて断定的な見解を有する専門家が選択されやすいという傾向が生じてもおかしくないと考えられます。
こうして残念ながら専門的な情報の多くが、あたかも科学的な事実や、あるいは専門家の間で完全に意見の一致をみていることとして伝えられてしまっているのが実情です。
ですからこのような状況に不信感を抱き、マスメディアには一切協力しない方もいらっしゃるほどです。
以上のような実情から、一般の方向けに書かれた本に『ウタ・フリスの自閉症入門―その世界を理解するために』のように終始慎重な態度で情報を提供するものが存在することは極めて稀であると言えます。
次回以降の発達障害に関する記事では、同書に書かれている内容を少しずつ紹介していきますが、できれば実際に手にとっていただきたい本です。
あくまで私見ですが、『ウタ・フリスの自閉症入門』は自閉症(スペクトラム)や発達障害の研究に関する実情を知るのに格好の書籍と考えられるためです。
内容も発達障害や心理学の知識を必要としないほど平易です。