自尊心(自尊感情)が低い人は存在価値の低さにも悩まされ、それを高めるために他者からの肯定的な評価を切望している

今回の記事は、自尊心あるいは自尊感情という概念について、その辞書的な意味よりも、その問題で悩まされている人が主観的に経験している事柄の方を考察します。
これは自尊心(自尊感情)が低くそれを高めたと考えている人にとっては、実際にどのようなことで想い悩まされているのかを知ることの方が役立つと考えられるためです。

補足)ちなみに自尊心と自尊感情という用語は、共に英語のSelf-esteem(セルフ・エスティーム)の訳語であり、厳密に区別して用いなくても実用上は問題ないと考えています。

検索キーワード「自尊心(を)高める」と「自尊感情(を)高める」

自尊心あるいは自尊感情という言葉をGoogleで検索すると、いずれも高めるという絞り込み検索の候補が表示されますが、これは「自尊心(を)高める」「自尊感情(を)高める」などのキーワードで検索する人が多いことを示しています。

これらのキーワード検索を行う人は、恐らく自分を自尊心(自尊感情)の低い人間と感じそれを高める方法を探している人か、もしくは私のような心理職やその領域の研究者、あるいは企業や組織の管理職の人などではないかと考えられます。

それが低い人にとって、自尊心(自尊感情)は他者から肯定的に評価されることによって高められる

しかしこの自尊心あるいは自尊感情という概念は、なかなか分かりづらいものです。
いずれも自分を尊く感じる気持ちのようですが、それはどのような感情なのでしょうか、あるいはその感情はどのような時に感じられるものなのでしょうか?

この問いの答えを探る際に参考となるのが、「主体性が高い人と乏しい人との主な違い」の6ページ目の記事です。

このページでは、主体性が乏しい人には自己愛性パーソナリティの定義が当てはまる人が多いことから、「主体性が乏しい人=(多分に)自己愛的性格」と想定していますが、その自己愛的性格を特徴づけるのが『パーソナリティ障害の診断と治療』から引用した「他者から肯定されることによる自尊心の維持をめぐってパーソナリティが構成されている」というものです。

この自己愛性パーソナリティの定義が示すのは、(少なくてもこの問題に悩まされている人とっては)自尊心あるいは自尊感情というものは、自分が他者から肯定的に評価されることによって満たされるということです。

これは見方を変えれば、自尊心(自尊感情)の低さに悩まされている人は、それを高めるためにも他者からの肯定的な評価を切望していると言えます。

自尊心(自尊感情)が抽象的な概念であるのに対して、存在価値はリアルな感覚

また主体性が乏しい、あるいは自己愛的な性格の人は、ほとんど例外なく自分の存在価値の低さにも悩まされ、かつこの問題も他者からの肯定的な評価によって改善することを考慮致しますと、自尊心(自尊感情)と存在価値とは、実は大差がないものなのかもしれません。

しかし自尊心(自尊感情)が総じて抽象的な概念であるのに対して、存在価値はリアルな感覚であるため、それが損なわれた時に主観的に感じられるのは、自尊心(自尊感情)ではなく存在価値の喪失の方ではないかと考えられます。

したがってこの問題に悩まされている人が本当に求めているのは、存在価値の実感の方であり、抽象的な概念に過ぎない自尊心(自尊感情)を無理に感じる必要などないし、果たしてそれが本当に可能なのかも怪しいとさえ言えます。

存在価値〜心理臨床の観点から

最後に心理臨床の観点から一点補足します。
リアルな感覚というものは、それが不快なものである場合はとても辛く、このためその感覚は常に抑圧される可能性があります。
したがって今回のような問題を抱えるクライエントと関わる際、自覚されていない存在価値の問題に焦点づけることに対しては、慎重な姿勢が求められると考えられます。

存在価値という言葉は、口にするのは簡単ですが、この問題と格闘している人にとって実際に意味することは、生きていても良い(生きることを許される)価値と言えるほどの重要性を帯びた言葉のはずです。

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