C・G・ユング/R・ヴィルヘルム著『黄金の華の秘密』

易経のような偶然性を利用した占いの真髄は、自我を手放し神秘的な原理の力の助けを得ること

今回の記事は芸術の要素も含まれているため写真家のウェブサイトの方への掲載も考えましたが、主題はあくまでユングも重視した易経であるため、カウンセリングのサイトの方に掲載することに致しました。

芸術分野で広がる「易経」を偶然性を活用する手段との解釈

先週シアターΧで、多和田葉子+高瀬アキ『ジョン刑事の実験録』を見ながら、改めて思い出した疑問があります。
それは白石美雪著『ジョン・ケージ 混沌ではなくアナーキー』を読んでいる時に感じた、ケージの易経に関する考えです。

同書を読む限りケージは、チャンス・オペレーションと呼ばれる作品に偶然性を取り入れる手法のために易経を利用しているように思えました。
そこで他の解説書や対談集『ジョン・ケージ-小鳥たちのために』にも目を通して見ましたが、やはり易経を偶然性を利用するための書物と考えているような記述しか見当たりませんでした。
しかし易経は私の知る限り、単に偶然を活用するための手段ではありません。

易経の真髄はタオに完全に身を委ねること

私の理解では、易経は自我あるいは主体性を手放すという点では、偶然の活用と同じと言えます。
しかし易経の真髄は、しばしばシンクロニシティ(共時性)と関連づけて論じられるように、偶然に過ぎないはずのことが「必然」に思えてならないほど意味深いものに感じられることにあります。

易経は道教と呼ばれる中国の思想から生まれたもので、直接的には易占いの書物のことを指します。
しかしその道教ではタオと呼ばれる西洋の科学では説明のつかない世界を司る原理の存在を想定しており、この原理の存在が人間の意志を介さない偶然に過ぎない事柄を特別なものへと変容させる作用を担っていると考えられます。
この感覚は、次のようなキリスト教の信仰に例えると理解しやすいかもしれません。

キリスト教の教義では、この世のすべての出来事は、全知全能である神の深い配慮によってに生じるものとみなされています。
このため信仰心のない人にとっては偶然に過ぎない特に意味を為さない事柄が、信仰心を有する人にとっては神の意志の表れとして意義深く感じられる可能性があります。

話を易経に戻しますと、以上のような思想から、易経とは単に偶然性に身を委ねるために用いるのではなく、目に見えないタオの力を感じ取り、そのタオに完全に身を委ねることを目的として用いられるものと考えられます。

シャーマンなど特別な意識状態にある人が用いてこそ意味がある易経

このような事情から、サイコロのように単に卦を振れば易経を実践をしたことになるわけではなく、中世の時代まではシャーマン(呪術師)や預言者と呼ばれる神的な力を感じ取る能力を有した特別な存在だけが、易経をはじめとした占いを実践していたものと考えられます。

現代の易経をはじめとした偶然性を利用した占いでは精神統一が重視されている

しかし近代以降こうした思想は非科学的(オカルト的)なものとして排除されるようになったため、中世まで実践されていた形での占いの担い手は激減してしまいました。
こうした事情もあるためか、現代の易経をはじめとした偶然性を利用した占いでは、従来のシャーマンのような特別な能力を有した人の存在を前提としたものから、いわゆる精神統一が重視されるようになってきているようです。
具体的には座禅や瞑想などを行い、心を極力ニュートラルな状態に保ってから占いを実践するというものです。

易経をはじめとした占いの真髄は、自我を完全に明け渡し神秘的な原理の力の助けを得ること

以上のことから、易経などの偶然性を利用した占いは、それ自体が目的なのではなく、座禅や瞑想などによりニュートラルな状態に近い心理状態にある人が、その心理状態を保ったまま神秘的な原理の力の助けを得るために活用する手段ではないかと考えられます。

補足)このような心性は古代ギリシャの神殿で執り行われていた神託に近い感覚とも思われます。

実際、私自身も心理療法家のトレーニングの初期に、本を活用した占いを教わりましたが、その際にもまず初めに精神統一を行い、その上で本のページを開き、偶然目に飛び込んできた文章と個人的な事柄との結びつきを感じることを実践しました。

もっとも世間では偶然性を活用した占いが、もっと気楽に使われていることも事実です。
しかしそれらの占いは、得てして心理学理論が心理ゲームや性格占いに用いられているのと同様に娯楽の意味合いが強いものです。
また娯楽ゆえに、そこで得られた知見を何らかの目的で活用することを前提としていません。

最後にジョン・ケージの易経の活用の仕方を否定するわけではありませんが、もし彼の活用の仕方が易経の真髄として広く受け止められているのだとすれば、私としてはとても残念です。

易経の真髄 参考文献

易経の真髄に関する参考文献として、次の書物を挙げておきます。
C・G・ユング/R・ヴィルヘルム著『黄金の華の秘密 新装版』、人文書院、2018年

こちらは易を利用した中国の道教の瞑想の書の完訳に、ユングが序文と解説を加えた本です。
易経自体の翻訳本も文庫版で発売されていますが、そちらは目を通していないため内容は定かではありません。

C・G・ユング/R・ヴィルヘルム著『黄金の華の秘密』
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