ハインツ・コフート著『自己の治癒』

心理療法家は自身が打ち立てた理論そのままの人物のことが多い〜コフートを例に

要約:自己愛の研究で精神分析その他に多大な貢献をしたハインツ・コフート。しかし後世の研究者により明らかにされたように、実は本人もその理論をそのまま体現するような人物であったようだ。

少し前に「個人の心理が普遍性を有するという人間の心の不思議〜エディプス・コンプレックスを例に」という記事を書きました。

ここでは西洋社会における最初の心理療法とも言える精神分析の中核をなすエディプス・コンプレックス理論が、実はその創始者であるフロイト自身の自己分析から生まれたにも関わらず、一定の普遍性を有していたため多くの患者さんの治療に有効的に作用した旨のことを述べました。

これは見方を変えれば、治療者であるフロイトとその患者とが似たような心理的特性を有していた、つまり似た者同士であったことを意味します。

自身の自己愛の理論を体現するような性格のハインツ・コフート

しかしこのような特徴は精神分析のみならず、他の心理療法にも見受けられます。
その証として、今回は同じく精神分析家のハインツ・コフートを例に取り上げます。

コフートは精神分析界における自己愛の研究の重鎮で、その研究成果は自尊感情というより一般的な心理を考察対象とする自己心理学として体系化されました。
自己愛講座に度々登場する理想化自己対象も、この自己心理学の理論の1つです。

このコフートの自己心理学の初期の理論に、野心の極理想の極というものがあります。
野心の極とは心の中の野心家の領域で、理想の極とは他者(誰かや何か)を理想視する心の領域で、この2つの領域のバランス関係が人間の性格を形作るとコフートは考えました。
ところがこの仮説は、フロイトのエディプス・コンプレックス理論ような自己分析から生まれたのものではなく、あくまで患者さんの心の考察から生まれたものであるにも関わらず、後世のコフートの研究者により明らかにされたエピソードによれば、まるでコフート自身の性格を表しているようなものであることが判明しました。

例えばコフートは、ヨーロッパの精神分析学会の会長にまで登りつめながら、国際精神分析学会という精神分析家の頂点の地位は逃したことで、非常に落ち込んだと言われています。
つまり1番にならないと気が済まない性格だったわけで、これなどは認知療法の自動思考の完璧主義全か無かの思考に該当する認知の歪み、すなわちとても健全とは言い難い心理です。
加えてこの野心の塊のような性格は、理想の極がバランスを欠くほどに肥大化した状態とも言えるでしょう。

またコフートには、他者を過度に理想化してその相手を頼りにする傾向も大いにありました。
例えば彼は師事していたアンナ・フロイト(前述のフロイトの娘)のことをまるで母親のように慕い、そのアンナからどのように思われているのかをいつも気にかけ、期待していたような評価が得られなかった時には酷く落ち込んだそうです。
このエピソードなども理想の極の概念そのものです。

以上のようにコフートという人物は、自身が体系化した自己愛的な性格の典型例のような人物でありながら、それでも際立った活躍を見せたため、今日では精神分析界における巨匠の1人と見なされています。
また前回の記事には書きませんでしたが、フロイトは自身の理論(精神分析理論)に異を唱える弟子を次々と破門にしてしまうような独善的な性格の人物でした。

心理療法家は無自覚に自分自身を理論に投影している

コフートのケースに限れば、前述のように患者さんの心を客観的に分析しているつもりでいながら、実は知らず知らずのうちに自分自身の性格を分析していたということにもなり、これは心理療法家には無自覚に自分自身の心を理論に投影する傾向があることを示しているのではないかと考えられます。

心理療法とは多分に問題を抱えた人物が行うからこそ効果が得られている可能性がある

前回の記事のフロイトと言い、今回のコフートと言い、2人の巨匠のエピソードからも分かるように、傑出した心理療法家でさえ人格者と呼ぶには程遠い、むしろ問題だらけの性格の人物にさえ思えます。

しかしそれでも彼らの歴史に名を残すほどの功績を考慮すると、驚くべきことに心理療法というものは完璧な人格を備えた人物が行うからこそ高い効果が見込めるというよりも、むしろ心に多くの問題を抱えた不完全な人物により行われていることこそが重要であると言えそうです。

次のページでは補足的な内容として、心理療法家は自身が編み出した理論を通して、無自覚に自分自身の性格を正当化する傾向があることを、同じくコフートを例に記述します。

参考文献

チャールズ・B. ストロジャー著『ハインツ・コフート―その生涯と自己心理学』、金剛出版、2011年

ハインツ・コフート著『自己の治癒』
最新情報をチェック!