原田隆之著『心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門』

トラウマの内容を表出させるような心理的介入が逆効果になってしまったケースの考察

エビデンスを軽視したために起きてしまった痛ましい事例

先日紹介し、また4月14日(日)のエビデンスに関するセミナーでも使用予定の『心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス』の中に、非常に気になる記述がありました。
それは東日本大震災の被災児童への心理的介入が、かえって症状を悪化させてしまったことを報じる、朝日新聞の記事に関するものです。

発行日当日に、同じ内容の記事がネット上でも配信されていますので、まずはそちらをご覧いただけますでしょうか。
(ただし新聞記事とは、タイトルが異なっています)
asahi.com(朝日新聞社):「アートセラピー」かえって心の傷深くなる場合も – 東日本大震災

この事例を『心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス』では、エビデンスを軽視したために起きてしまった事例として紹介しています。
加えて、この記事に書かれているようなトラウマの内容を吐露させるような心理的介入(心理的デブリーフィング)は逆効果であることは、すでに2001年の同時多発テロの際に注意喚起がなされ、またその翌年のコクランレビュー(エビデンスの共有を目的としたサイトの1つ)でも警告が発せられていることも紹介されています。

しかしこれらの情報が日本では活かされることなく、10年後にまた同じ悲劇が繰り返されてしまい、その主たる要因がエビデンスの軽視であるというのが同書の見解と考えられます。

エビデンスのみならず心理療法の効果に関する情報自体が十分には共有されていない

この同書および新聞記事の内容を読んで、正直とても意外に感じました。
なぜならPTSDやその前段階のASD(急性ストレス障害)の診断の有無に関わらず、トラウマティックな体験を有する人に対して、その記憶やそれに伴う感情などを想起されるような従来の技法(フロイトが編み出した古典的な精神分析はその典型例)は、不安の増大などかえって症状を悪化させることを、東日本大震災以前に精神分析の書籍で幾度となく目にしていたため、震災以前から心理療法家の間で常識的な事柄と考えられているものとばかり思っていたためです。
(私が目にしたのは、約7割の事例で症状が悪化したと言うものだったと記憶しています)

したがって少なくても日本の心理職の間では、私も含めてエビデンスのみならず心理療法の効果に関する情報自体が十分には共有されていないと考えられます。
私も含めてとは、逆に私は心理的デブリーフィングという用語も、またその技法がPTSDの予防になるとの見解が存在することも知らなかったからです。

以上のように今回取り上げた事例では、エビデンスを含めた情報の未共有がその一因と考えらえます。
近日投稿する次のページでは、これら以外にも想定される要因を探っていきたいと考えています。

補足) ちなみに新聞記事ではタイトルにまでなっているアートセラピーについて、私が1つも触れていないのには理由があります。
それは東日本大震災の痛ましいケースは、アートセラピーを用いたことが直接の要因ではないと考えているためです。
詳しくは2ページ目に記載致します。

参考文献

原田隆之著『心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門』、金剛出版、2015年

原田隆之著『心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門』
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