原田隆之著『心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門』

トラウマの内容を表出させるような心理的介入が逆効果になってしまったケースの考察

1ページ目の最後で、この記事の事例として取り上げた東日本大震災の被災児童への不適切な心理的介入は、アートセラピーを用いたこと自体が原因ではない旨のことを書きました。
このページではその理由を述べたいと思います。

アートセラピーとは

まずアートセラピーの定義についてですが、狭義の意味では芸術(典型的には絵画)を通した自己表現を促し、その創作物を解釈の手がかりにするもので、ユング派の箱庭療法もこれに該当すると考えられます。
また広義の意味では芸術を用いた心理療法一般を指し、この意味のアートセラピーの手法は必ずしも自己表現に限定されないことになります。

そして冒頭で述べた私の見解は、広義の意味のアートセラピーを念頭においたものです。

アートセラピーは心を守る用途にも使える

広義の意味のアートセラピーでは、その目的が自己表現に限定されないため、不安や恐怖から心を守る力を育む用途にも使うことができます。

例えば私があるセッションで咄嗟に思いついたものとして、できるだけ頑丈な壁を描いてもらうというものがあります。
このワークは典型的には、すでに何らかの不安や恐怖、または圧力のようなものを感じ、それに圧倒されそうになっている人に対して、それらの力を跳ね返してくれるほど頑丈な壁を描いてもいただき、その壁によって守られていることを実感していただくというものです。
(具体的な教示は大部になりますので、別の機会に詳述致します)

ですからテクニックとしては、アートを媒体としながらも、その性格はイメージ療法による自己暗示と言えます。

参考:東日本大震災の被災児童への適用例

このようにアートセラピーを広義の意味で捉えた場合、心的外傷体験を有した人に対して、不安や恐怖などから心を守る力を育む用途にも使うことができます。
例えば今回の東日本大震災の事例で言えば、壁を描いてもらい「この壁が君を守ってくれるよ」というような暗示を与える手法などが考えられます。

注)ただし壁自体がトラウマティックな体験を想起させるトリガーとなってしまうケースも考えられるため、実施に当たってはその子の様子を注意深く観察し、例えば柔らかくて温かいものに包まれている状態に変更するなどの工夫が必要と考えられます。

トラウマへの反応を悪化させてしまう可能性がある技法はアートセラピーだけではない

またトラウマの内容を吐露させるような心理的介入(心理的デブリーフィング)は、アートセラピーに限定されるものではありません。
なぜなら同じような作用は、その場面をイメージさせたり(イメージ療法)、あるいは詳しく話すように促す(対話)ことでも生じるためです。
恐らくこうした心理的介入を行った場合でも、今回のケースと同様の悲劇が起きてしまったことでしょう。

朝日新聞の記事は「アートセラピーは危険」との誤解を与えかねない

以上のことを考慮しますと、1ページ目でも紹介した「asahi.com(朝日新聞社):「アートセラピー」かえって心の傷深くなる場合も – 東日本大震災」の内容(特に見出し)は、あたかもアートセラピーを用いたことが原因との誤解を与えかねないように思えます。

いえ、それだけでなくこの内容では「アートセラピーは危険」との誤解さえを与えかねないように思えます。
実際は工夫次第では心を強くする作用も期待できるにも関わらずです。

これはネット記事の閲覧では紙媒体での閲覧に比べて気が短くなり、その結果見出しのみに目を通す傾向が指摘されているためです。
また仮に記事全体が読まれた場合でも、この内容ではアートセラピーが辛い記憶や感情を蘇らせるために行われるものとの印象を与えかねないように思えます。

しかし今回の東日本大震災のケースは、アートセラピーが数ある用途の中から、心理的デブリーフィングと呼ばれるトラウマの内容を表出させるような心理的介入として用いられ、それが逆効果となってしまった事例であると考えられます。

今回のケースは技法そのものよりも、その用い方が主たる要因であったと想定され、心理臨床の現場では得てして後者の影響の方が大きいというのが私の実感です。

参考文献

原田隆之著『心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門』、金剛出版、2015年

原田隆之著『心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門』
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