ハインツ・コフート著『自己の治癒』

心理療法家は自身が打ち立てた理論そのままの人物のことが多い〜コフートを例に

他者からの承認を空気と同じく常に必要なものと考えるようになった晩年のコフート

1ページ目で取り上げたコフートは、最後の著書『自己の治癒』を執筆する晩年になると、それまでの自己愛の研究から人と人との関係性そのものに関心を移していくと共に、これまでは自己愛的な性格構造に特有のものとしていた承認欲求の強さを、誰でも有している根源的な欲求と考えるようになりました。

しかもコフートは、この承認欲求を空気のようなものに喩え、人間は他人からの(価値の)承認なしには辛過ぎて生きて行けず、したがって呼吸のために空気(厳密には酸素)を必要とするのと同じく、生涯に渡って常にそれを求め続ける旨の考えを持つようになりました。
つまりこれまでは自己愛的な病理の現れと考えていた承認欲求の強さを、むしろ社会的な存在である人間の自然な姿であると考えるように変化して行ったのです。

補足)このように考察対象を自己愛から人間一般の心理に拡張したことで、彼の心理学体系は自己愛ではなく自己心理学と命名されることにもなりました。

心理療法家は自らの理論を通して無自覚に自己正当化する

前述のコフートの承認欲求の考えに最初に触れた時は、正直違和感を覚えました。
なぜなら、呼吸のために空気を必要とすると同じく、常に他人からの承認を求め続けるとは、幾ら何でも度が過ぎるように思えたためです。

しかし1ページ目でも考察したように、コフート自身が典型的とも言える自己愛的な性格構造の人物であったことを考えると、このような考えに至ったことも合点が行きます。
なぜなら人は、物事を客観的に判断しているつもりでいても、自分の属性に関わる事柄に対しては無自覚に肩入れしてしまう、つまり好意的に評価してしまう傾向があるためです。
ですから心理療法家も、自らの理論を通して無自覚に自己正当化する傾向があることに注意する必要があります。

例えば私の書いた主体性に関する記事をご覧いただくと、恐らく大多数の方は主体性が高い人は健全であるのに対して、それが乏しい人は病理的との印象を抱いたのではないかと思われます。
しかしこの記事も、前述のコフートと同じく分析してみると、やはりバイアスがかかっていてもおかしくないように思えます。

なぜなら若い頃の私は、この記事にある主体性が乏しい人の特徴の多くを兼ね備えた性格でしたが、現在の私は自分のことを主体性が高い人間との自負があるためです。

注)ただし主体性に関しては、臨床心理の世界では高い方を健全と考える見方が主流のように思えますので、結論が大きく変わるわけではないことも補足しておきます。

話をコフートに戻しますと、以上のように自己正当化的なバイアスがかかった理論でありながらも、それでも今日承認欲求を満たすことの重要性が人事管理の現場で当然視されていることなどからも分かるように、彼の貢献は計り知れず、したがって自然科学における客観性の概念が有用とは限らない点が心の領域の不思議さです。

心理療法家の理論からは自尊感情の源が推測できる

最後に、心理療法家に理論を通して自己正当化する傾向があることは、見方を変えればその内容から自分自身のどのような点を好ましく思っているのか、つまり自尊感情の源が推測できることにもなり、この点は次回投稿する予定のカウンセラー選びのコツとも関連してきます。

参考文献

ハインツ・コフート著『自己の治癒』、みすず書房、1995年

ハインツ・コフート著『自己の治癒』
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