「親を捨てたい」虐待された子供に対して「親を捨ててもいい」という声かけが効果的な理由

要約:『クローズアップ現代+』の「親を捨ててもいいですか? 虐待・束縛をこえて」でのカウンセラー信田さよ子さんの見解を例に、「親を捨てたい」と願う虐待を受けた子供に対して「親を捨ててもいい」という声かけが効果的な理由を考察。

カウンセラーからの「親を捨ててもいい」という声かけ

5月6日のNHK『クローズアップ現代+』で「親を捨ててもいいですか? 虐待・束縛をこえて」と題する内容が放送されていました。

今回はゲストのカウンセラーの信田さよ子さんの、番組のラストの発言を取り上げます。おそらくカウンセラーらしからぬ非道徳的な発言のように思われた方も少なくなかったのではないかと考えられるためです。

番組のラストで信田さんから、「親を捨てたい」と思っている子供に対しては、せめてカウンセラーだけでも「親を捨ててもいい」と言ってあげたい旨のコメントがありました。

残念ながらそこで放送が終了し、その理由があまり詳しくは明らかにされていなかったように思えましたので、信田さんの見解を補足する形で、私なりにこのようなカウンセラーの関わり方が効果的と考えられる理由を考察してみたいと思います。

過去に自分を虐待した親と介護で再び向き合わねばならない被虐待児の人々

まず今回の番組で取り上げられていたのは、単に親の介護をするのが面倒だからそれを放棄したいというような人の話ではなく、過去に親から身体的・心理的な虐待を受けて来た人が、親の高齢化に伴い、介護のために再び多くの時間を共に過ごさねばならなくなるというケースであるということです。

「親を捨てたい」しかし「捨ててはいけない」との葛藤に苦しめられる

ところが番組に登場する被虐待児の方々は「親を捨てたい」との強い思いに駆られながらも、そうすることができません。

これは信田さんからも解釈がありましたが、親の面倒を見るのは子供の義務との世間一般の常識などの影響を受けて、どれほど苦しくても「親を捨ててはいけない」との考えも強く作用するため、両者の葛藤に苛まれて身動きが取れなくなってしまうためではないかと考えられます。

「親を捨てたい」と思ってしまうことへの罪悪感を軽減

さらに「親の面倒を見るのは子供の義務」との世間一般の常識は、被虐待児の方を葛藤に陥れるだけでなく、そのような非常識な考えを持ってしまうことへの罪悪感をも生じさせ、このことが自己評価を著しく低下させてしまいます。

信田さんの「誰もそういうふうに言ってくれないから(中略)カウンセラーぐらいは言ってあげてもいいんじゃないか」とのコメントには、このような深刻な罪悪感に苛まれ、さらに孤立無縁のような状況からクライエントを救出する必要性を感じてのことではないかと推測しています。

被虐待児の人々にとって、親と関わりを持つこと自体非常に恐ろしいこと

ちなみにもし私が信田さんの立場なら、おそらく本当にそう思いながら「親を捨ててもいいのではないか」と伝えると思います。
なぜなら大多数の被虐待児の人々にとって、成人した後でも親と関わりを持つこと自体が非常に恐ろしいことであると考えられるためです。

『クローズアップ現代+』ではこの点があまり強調されていなかったように思えますので、同じ時期に放送された、より深刻な虐待のケースを扱った番組を紹介します。

日本テレビ「がらくた ~性虐待、信じてくれますか~」

番組の取材を受けた当事者のある女性は成人後に「うつ病」を患い、またカメラの前でフラッシュバックに襲われ過呼吸に陥っていました。

ジュディス・L. ハーマンが『心的外傷と回復』の中で、性被害に遭った人の80%がその後境界性パーソナリティ障害を発症していると報告していますが、番組全体としてそのハーマンの調査結果が連想されるような深刻な内容でした。

過干渉レベルでも親に対する恐怖心が芽生える

また最後に、この方ほど深刻な状況ではなかった場合でも、親と関わりを持つことが恐ろしいものであることを示すものとして、私自身の体験を少し話します。

私の場合、身体的・心理的な虐待が最も激しかったのは父親の方でしたが、母親からも過干渉という形でさまざまな精神的苦痛を味わいながら暮らしていました。
その後成人してから幾つかの仕事を経験した後、2005年から今の心理職を始めましたが、開業してしばらく経ってから精神分析の自由連想法という技法を使い自己分析*を徹底的に行ないました。

*関連ブログ:心理カウンセラーの自己分析

するとそれまで忘却されていた母親との間の辛い体験が次々と思い出されると同時に、その母親から遠く離れていても監視されているような感覚に襲われるようになりました。

それからというもの、頻繁に母親からの電話と感じられる着信音の幻聴や、心の中に無理矢理侵入されるようなニュアンスの悪夢に襲われるようになり、また母親が上京して来た時には、目の前の母親は特に怖そうには見えないにもかかわらず言いようのない圧迫感を感じ、その圧迫感により目眩がして気を失いそうになりました。
(更なる自己分析によって危機を脱することができたのか、現在これらの症状は消失しています)

以上のように、虐待などにより親との関わりでトラウマ(心的外傷)を負った人々にとって、成人した後でもその親との関わりは耐え難い恐怖を引き起こすものであることを、ぜひご理解いただきたいと思います。

参考文献

信田さよ子著『母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き』、春秋社、2008年
ジュディス・L. ハーマン『心的外傷と回復 〈増補版〉』、みすず書房、1999年

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