鈴木翔著、本田由紀解説『教室内(スクール)カースト (光文社新書)』

スクールカーストにおけるコミュニケーション能力の基準は、一般社会と著しく異なる-自己愛講座50

要約:スクールカーストが形成される学校では「コミュニケーション能力」という概念が、一般社会とはかなり異なる意味合いで使われていると考えられる。その点を「自己主張」「共感」「リーダーシップ」という観点から考察。

スクールカーストを決定づけるとされる「コミュニケーション能力」の解釈の仕方に違和感

以前に「スクールカーストの心理的要因~生徒、教師ともに自己愛的な性格構造の人が過半数を占めるような学校で形成・維持される」という記事を書きました。

この記事の中では言及しませんでしたが、上位、中位、下位グループ、あるいは1軍、2軍、3軍などと区分けされるスクールカースト(学校内の序列)の評価基準として当事者の間で共有されているのがコミュニケーション能力です。

以前の記事で参照した鈴木翔著、本田由紀解説『教室内(スクール)カースト (光文社新書)』にも、このコミュニケーション能力の話が頻繁に登場しますが、驚いたのはその意味合いが一般社会で使われているものと大きくかけ離れていることでした。

今回はこの一般社会における価値観とかけ離れたコミュニケーション能力の評価基準がスクールカーストという序列の形成に大きく関与しているとの想定のもと、特に気になった評価基準のいつくかについて詳しく考察します。

なお今回のテーマに関しては、ウィキペディアの「スクールカースト」の項目が非常に分かりやすくまとめられていますので、こちらも参照しながら話を進めていきます。

スクールカーストにおける独特の「コミュニケーション能力」感

「自分の意見を押し通すエゴの強い人」=「自己主張できる人」

『教室内(スクール)カースト』では教師の見解として、自己主張できる生徒がカーストの上位に位置する傾向があることが紹介されていますが、よく読むとここでの自己主張とは、相手に有無を言わせず自分の意見を無理やり押し通すような、いわゆる我(エゴ)の強さを表していることが分かります。

ウィキペディアによれば、自己主張とは「自己の意見や考えや欲求などを他人に伝えること」を指しますが、日本人にはこの自己主張が苦手な人が非常に多いため、積極的に自己主張するタイプの人は「自分勝手で協調性がない」などのネガティブな評価を受けがちです。

しかしスクールカーストの世界では、むしろエゴが強いくらい自己主張するような人の方がコミュニケーション能力が高いと評価されるようです。

「リーダーシップ」=「人の上に立ち支配する力」

またウィキペディアのスクールカーストのページでは、教育評論家の森口朗氏の説として、スクールカーストでは上述の「自分の意見を無理やり押し通す」意味での自己主張力が「リーダーシップを得るために必要な能力」とみなされていることが紹介されています。

しかし企業を例にとれば、個人のメンタルや職場の雰囲気などが業績に与える影響が軽視され、組織の目的を達成するために部下を命令に従わせ、もっぱら管理することに主眼が置かれていた時代とは異なり、現代のリーダーには部下の予防レベルのメンタルのケアや意欲の喚起、あるいは職場全体の良好な人間関係の構築(雰囲気づくり)など様々な役割が期待されていることを考えると、スクールカーストにおけるリーダーシップの概念は、人の上に立つこと自体にあまりに力点が置かれ過ぎているように思えます。

ちなみに、このように人間関係の基本を「支配-従属」関係と考え、自分は支配する側に回りたい、あるいは支配欲はそれほど強くなかったとしても、自分が人の上に立つことで(多分に相手を見下し)優越感を感じたいと欲するのは、自己愛的な性格構造の人の典型的な心理です。

相手に対するものではなく、自分の利益と結びつけられる「共感力」

さらに同じくウィキペディア上の森口氏の見解によれば、共感力という概念もスクールカーストの世界では独自の意味合いを持っていることが分かります。

共感の辞書的な意味は、他人の考えに価値を感じたり気持ちを理解できることを指すため、この能力は一般的には、自分とは異なる価値観の人の考えを理解したり、あるいは相手の気持ちを感じ取るために利用されます。

また私のような心理職の場合は、共感により得られた情報を傾聴*というスキルを用いて相談者に伝えることでメンタルの改善を試みます。

*傾聴は一般的には「聞き方」の技術と考えられているようですが、私はかつてブリーフセラピストの森俊夫先生から教わったように「伝え方」の技術と考えています。
関連ページ:傾聴は話の聞き方ではなく「伝え方」の技術

しかしスクールカーストの世界ではこの共感力が「人望を得るため」、つまりもっぱら自分の評価を上げるための手段と考えられているようです。

このようにスクールカーストの世界では、他人の立場に身を置いて物事を考えたり感じたりするために用いられることの多い共感力が、もっぱら自己の利益のために使われており、このような自己中心的な発想もまた自己愛的な人の典型的な特徴です。

次のページでは、スクールカーストの世界で外の世界とはかなり異なる基準で「コミュニケーション能力」という概念が使われる要因を探るべく、その背後に想定される心理について考察を進める予定です。

参考文献

鈴木翔著、本田由紀解説『教室内(スクール)カースト (光文社新書)』、光文社、2012年

鈴木翔著、本田由紀解説『教室内(スクール)カースト (光文社新書)』
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