夢:
カーク・ダグラスが胸に初心者マークを付けている。
夢から覚めたときの思考:
カーク・ダグラス…超ベテラン俳優というより、もう引退していてもおかしくない俳優がなぜ初心者マークを?
ユング心理学の拡充法による夢分析:
まず、ずいぶん昔の俳優なのでユング心理学の拡充法*を利用して、ネットでカーク・ダグラスについて調べました。
西部劇の何本かを見た記憶がありますが、どれも連想が膨らみません。しかしWikipediaに次のような記事がありました。
「貧しかったので様々な仕事につきながら俳優を目指した」
「3度アカデミー主演男優賞にノミネートされた」
この二つの文章から自由連想法を行うことにしました。
*ユング心理学における拡充法は、厳密には夢のシンボルの元型的な意味を知るために神話などを調べる技法です。
自由連想法による夢分析:
「貧しかったので様々な仕事につきながら俳優を目指した」
心理カウンセリングや夢診断・夢分析の仕事だけでは食べて行けず、様々な仕事をしている私そのもの
「3度アカデミー主演男優賞にノミネートされた」
ノミネートだけで受賞していない
悲劇のヒロイン
迫害的な心境のときのキーワード
しかしノミネートされたのに、なぜ悲劇なのか?
ノミネートなんて中途半端、腰砕け
あとちょっとの人生
2点足りないだけで簿記1級の試験に落ち、その年の税理士試験の受験資格を得られなかった
A先生の「お前はそう言う…」
責めるに責められない複雑な心境だったのではないか?
(いきなり下ネタですが^^:)
A先生の信じられないくらい勢いのいいオシッコ
敵わないと思った
子供の頃、父親のペニスを見たときも敵わないと思った
力では絶対に敵わない
この人を怒らせてはいけない
針のむしろ
生きた心地がしない
毎日怯えながら
父親の怒りは予測不可能だった
何であんなに突然怒り出すのだろう?
少しの不満にも我慢できない感じで
目が据わっていた
殺意すら感じた
心底憎らしいという視線
絶対に許さないとの激しい怒りを感じる
私が生まれる前に、母親が何度も「殺される」と思ったのも無理はない
しかしあるとき私と弟が「ママ頑張って~」と母親の味方をした瞬間、父親は激しく狼狽し、それ以後いくら怒鳴っても母親を殴ることはなくなったそうだ
ん?まさか息子たちが自分の味方だと思っていたのか?
私たち兄弟が毎日、父親の暴力の恐怖に震えていたのを知らなかったのか?
ユング心理学の拡充法・自由連想法による夢分析からの洞察:
自己愛的(他人に無関心)な父親
前回の自己分析(怒りへの作り笑顔-自由連想法による自己分析163回)で父親の自己愛的な傾向(自分以外の他人への無関心)が洞察されましたが、今回の夢分析でも自由連想法の最後に、父親の自己愛的な傾向(もっといえば自己愛性パーソナリティ障害あるいは反社会性パーソナリティ障害に近い性格)が見て取れます。
父親の死後に知ったことですが、父親は同僚に「息子たちが何を考えてりるのか分からない」と漏らしていたそうです。
おそらく自己愛的で他人の気持ちに無関心な父親には、私たち兄弟が毎日、父親の暴力の恐怖に怯え、なるべく怒らせないようにと距離を置いていたことについて、距離感を感じることはできても、なぜそうせざるを得なかったかについては理解していなかったのではないでしょう。
もしかして父親の辞書には「他人への共感」という言葉は存在しなかったのかもしれません。
自己愛性パーソナリティ障害の「無関心さ」への疑問:
しかし父親の「息子たちが何を考えてりるのか分からない」には、同時に他人とのコミュニケーションへの切望や苦悩が読み取れます。
一般的な自己愛性パーソナリティ障害のパーソナリティ像は「他人の気持ちや反応にまったく無関心で、共感能力が完全に欠如している」というものですが、父親の発言からは「他人とのコミュニケーション欲求や、上手くコミュニケーションできないことへの苦悩」が垣間見えます。
もし他人の気持ちや反応にまったく無関心であれば、このように悩んだりはしないはずです。興味がないのですから。
おそらく「自己愛性パーソナリティ障害の他人への無関心」という臨床像は、治療者側の解釈に過ぎないように思えます。
限りなく自己愛性パーソナリティ障害に近かったと思われる父親には、他人とのコミュニケーションへの努力の跡が見られます。しかしそれは父親の死後初めて分かったことで、当人からは努力の後はおろか、コミュニケーションを取りたいと思っていることすら感じられません。
このような印象が上述の「自己愛性パーソナリティ障害の他人への無関心」という臨床像に結びついているような気がします。
自己愛性パーソナリティ障害 治療ガイド