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ゲシュタルト療法のテーマとした症状:

インナーチャイルドの支配的・迫害的な母親のイメージ(自我心理学における過酷な超自我)からの解放による癒し

ゲシュタルト療法によるインナーチャイルドの癒し:

インナーチャイルド(以下C)「苦しい、鼻が詰まって息苦しい…」
私(以下S)「鼻が詰まって息苦しい」
C「そう、苦しいんだ」
S「とても苦しい」
C「とても?」
S「とてもは言いすぎ?」
C「ボクはそんなに柔じゃない、そんなに弱虫じゃない」
S「これぐらいの苦しさなんて我慢できる」
C「そうさ、当然さ。ボクはスーパーマン(母親)の息子なんだから」
S「ボクはスーパーマンの息子」
C「そうだ、ボクはスーパーマンの息子なんだ。だからホントはボクだって強いんだ。本気出せば強いんだ」
S「本気出せば強いんだ」
C「そうだ、だからKにも蹴りを見舞ってやったんだ。あんまり人をコケにするから。ホントは自分のほうが弱いくせに生意気だから。生意気だから、お仕置きしてやったんだ」
S「生意気だから、お仕置きしてやった」
C「生意気な奴は、お仕置きしてやらないと直らないんだ」
S「生意気な奴は、お仕置きしないと直らない」
C「そうさ、ママに代わってお仕置きしてやったんだ」
S「ママって君のまま?それともK君のママ?」
C「K君のママに決まってるだろ!馬鹿かお前は!人おちょくってるのか?」
S「ごめん、そんなつもりじゃ」
C「じゃあ、どんなつもりだ?言ってみろ!」
S「どっちのママなのか分からなかったから聞いただけだよ」
C「何だ、ただの馬鹿か(フン)」
S(「馬鹿で悪かったな」の言葉を飲み込む…)
C「今なんか言っただろ?」
S「へぇ~、よく分かるね」
C「当たり前だ、俺様に分からないことはないからな」
(得意げに私を見下す)
S「ママの息子だから分からないことはない」
(これ以上嬉しいことはないという表情を浮かべながら)
C「君~まさしくその通りだよ、よく分かったねぇ~。ママほど素晴らしい人はいないよ」
S「ママは最高」
C「君~ホントに良い奴だねぇ~。良かったら特別に友達になってやってもいいよ」
S「ありがとう」
C「感謝したまえ」
S「ありがとう」
C「おい!感謝だよ!」
S「感謝って…ありがとうって…」
C「そんなの感謝のうちに入るか!感謝ってのは命がけでするもんだろ!誠意が足りないんだよ、誠意が!」
S「命がけって、具体的にどうしたらいいの?」
C「死んで見せろよ!今すぐこの場で死んで見せろよ!」
S「それはちょっと…」
C「何だ、感謝だなんて口先ばっかりじゃねぇかよ(チェッ)」
S「どうして感謝は命がけでするものだと思うの?」
C「馬鹿かお前は、命がけでないと本気とは言えないだろ?嘘ついたことになるだろ?」
S「でも死んじゃうんだよね」
C「それは…物の例えよ…いちいち本気にすんじゃねぇよ」
S「本気じゃなかったんだ」
C「いちいち上げ足取ってんじゃねぇよ馬鹿」
S「ごめんね」
C「分かりゃいいんだよ…」
S「続けて」
C「何の話だっけ?」
S「君の話したいことでいいよ」
C「そうだよ、ママの話だよ」
S「ホントにママのことが大好きなんだね」
C「当たり前だろ?ママが大好きじゃない子供なんてこの世にいないだろ?」
S「この世にママが大好きじゃない子供なんていない」
C「そうだよ、そうでないと殺されちゃうよ。そうでない悪い子は殺されちゃうよ」
S「つまりこういうことかな?ママを大好きじゃない悪い子は殺されちゃう。だから悪い子にされないように、本気でママのことを好きにならなきゃいけない?」
C「う~ん、そういうことになるのかな?まぁ、良い子でいられる限りは生きていられる訳だしね」
S「良い子でいる限りは生きていられる、生かしてもらえる」
C「それじゃまるでママがボクのことを殺すかもしれないみたいじゃない」
S「違うの?」
C「たとえそうだとしても、それはきっとボクのためになるからだと思うよ」
S「君のためって、どうして?」
C「それはボクにも分かんないよ、ママが決めることだかね」
S「何が君のためになるかはママが決めるってこと?」
C「そうだよ、当然だろ?だって子供のボクが決めるのはおかしいだろ?」
S「よく分かんないんだけど、君の事は君が一番良く知ってるんじゃないの?」
C「まぁ君には一生分からないんだろうけど、ママは特別だからね。ボクのことならホントにボク以上に良く知ってるんだ」
S「例えばどんなこと?」
C「そうだねぇ……」
S「ゆっくり思い出していいよ」
C「(何気なく)ありがとう」
S(初めての感謝の言葉に嬉しさを感じる☆)
C「ボクが知らなくて、ママだけが知ってることでしょ……ネクタイの結び方…」
S「他に君の事では何かないかな?」
C(問い詰められてような気がして不愉快になってくる)
S「無理しなくても大丈夫だよ」
C「ボクには無理だって言うのかい?馬鹿にするな!馬鹿にするな…(涙声)」
S「ごめんね。僕の質問が君を悲しませちゃったんだね」
C「酷いよ」
S「そうだね、酷いね」
C「いじめっ子は嫌いだ」
S「いじめっ子は嫌い」
C「大嫌いだ」
S「いじめっ子なんて大嫌い」
C「そうだ、ボクはいじめっ子なんかじゃない」
S「誰かにそう言われたの?」
C「ママだよ…」
S「ママが君の事いじめっ子って言ったの?」
C「そうじゃないけど…ママの前だと自分がいじめっ子みたいに思えてくるんだ…」
S「どうしてママの前だと自分がいじめっ子に思えてくるの」
C「だって…」
S「続けて」
C「だって…僕が何をしても、ママは悲しそうな顔をするんだ。この世の終わりだって顔を」
S「この世の終わり…」
C「そう、この世の終わり。もう生きてても仕方ないって顔するんだ」
S「君がママをそこまで悲しませてるって思うんだ」
C「だって他に考えられないでしょ、ボクの顔を見るたびにそうなるんだから…」
S「君の顔を見るたびにママは『この世の終わり』って顔をするんだ」
C「そう、ため息交じりにね」
S「ため息をつきながら『この世の終わり』って顔をするんだ」
C「そう、もう疲れたって感じでね」
S「もう疲れたって感じで」
C「あれ?もしかして疲れてただけなのかな?」
S「もしそうなら君のせいじゃなさそうだね」
C「どうなのかな…」
S「どう思う?」
C「でもボクの顔見てそうするんだよ」
S「たとえ君の顔を見てそうしたとしてもホントはどうだと思う?」
C「ホントは…」
S「じっくり考えてごらん」
C「(また無意識に)ありがとう」
C「ホントは…なんか、ボクじゃ役に立たないって言ってるような感じ」
S「君じゃ役に立たない…何の役に立たないって思ってるのかな?」
C「う~ん…パパとの喧嘩かな?」
S「パパとの喧嘩のトラブルは、君では役に立たないと」
C「そうだね…でもボクは喧嘩なんて止めて欲しいんだ」
S「パパとママに喧嘩を止めて欲しい、そのために自分で何とかしたい、役に立ちたいと思ってるんだ」
C「うん」
S「それを聞くとパパもママもきっと喜ぶと思うよ」
C「そうかなぁ…だってボクは役立たずなんだよ」
S「そうか…役に立つとは思えないんだね」
C「思えないんじゃなくて、ホントに役立たずなんだよ」
S「どうしてそんな役立たずだと思うの?」
C「ママを見てれば分かるよ」
S「ママのため息から?」
C「そう、ホントに自分が駄目な人間だと思えてくるんだ…これ以上ない駄目な人間だと…あんたに期待した私がが馬鹿だったよって言われてるみたいで…」
C「あれ?そうじゃないよ…助けて欲しいって顔だ。ボクに助けて欲しいって顔だ」
S「実はママは君に助けてもらいたかったんだ」
C「そう…でもボクには無理なんだ、パパに歯向かうなんて、できっこないよ」
S「パパには歯向かえない」
C「だって殴られるんだよ、とっても痛いんだよ、体ごと吹っ飛ばされちゃうんだよ」
S「パパは君のこと、体が吹っ飛ぶくらい殴るんだ…それなら迂闊に歯向かえないね」
C「そう、だからママに役立たずだと思われちゃうんだ、仕方ないんだけど」
S「ボクも歯向かえないの仕方ないことだと思うけど」
C「そうなんだけど、それじゃママは許さないんだ」
S「許さないって?」
C「ため息でボクのことを責めるんだ、こんな役立たずなら生むんじゃなかったって後悔してるんだ、きっと」
S「ママが君を見てため息をつくと、それが『君を生んだことを後悔してる』って思えてくるんだ」
C「思ってるだけじゃなくてホントのことだよ、きっと」
S「ごめん、ごめん。ママはホントに君を生んだことを後悔してるんだね」
C「そうなんだ、悲しいけど…」
S「そうだね、ママにそんな風に思われるのは、とっても悲しいよね」
C「ねぇ、ボクはどうしたらいいの?」
S「ちょっと考えさせてくれる?」
C「いいよ、待ってるから」
S「ありがとう」
S「ボクならママに気持ちを伝えると思ったんだけど、それじゃママをがっかりさせちゃうよね?」
C「そうなんだ、それだけは避けたいんだ」
S「…ごめん、今のボクにはこれぐらいしか思いつかないよ」
C「そうか…難しいんだ…」
S「うん、とても難しい問題だと思うよ」
C「そうか…じゃあしょうがないよねぇ…(視線が虚ろに)」
S「大丈夫?」
C「大丈夫って?」
S「ショックだったみたいに見えたから」
C「ショック?ボクはそんなに弱虫じゃないよ!」
S「(しまった)ごめん、君は弱虫なんかじゃないよね」
C「分かればいいんだけど…」
S「自分が弱虫に思われるのが許せないんだね」
C「そう、それじゃ益々役立たずになっちゃうからね」
S「弱虫だと益々ママから役立たずだと思われちゃうんだね」
C「そうなんだ」
S「続けて」
C「もう疲れちゃったよ」
S「そうだね、いっぱいお話して疲れちゃったね」
C「お休みなさい」
S「お休みなさい」

ゲシュタルト療法によるインナーチャイルドの癒しからの洞察:

ゲシュタルト療法によるインナーチャイルドの癒しから次のような洞察が得られました。

母親の力を理想化

ゲシュタルト療法のプロセスを振り返って見ますと、インナーチャイルドは母親(正確には内的な母親のイメージ)を『スーパーマン』だとして理想化しています。
このことから幼い頃の私にとって、母親は理想化自己対象として機能していたことがうかがえます。
しかしその理想化はスーパーマンのような正義の味方としてではなく、万能的な支配力や迫害など『母親の圧倒的な力』に対する理想化です。
このことはインナーチャイルドが「自分は弱虫なんかじゃない」と思い、少しでもカウンセラーが弱虫を示唆するような発言をすると憤慨したことからも理解できます。
この場合、インナーチャイルドの信念や憤慨は、理想化自己対象である母親(のイメージ)に少しでも近づきたい、母親の圧倒的な力に少しでもあやかりたい、との欲求の現われと考えられます。

母親との関係での共感不全とカウンセラーへの鏡転移

一方、カウンセラーの立場である『私』へは自己対象転移の一つである鏡転移を向け、少しでも共感的に理解されていないと感じると憤慨しています。
インナーチャイルドのこの態度からは、母親との間の対象関係において母親は「理想化自己対象としては機能しても、鏡映自己対象としては十分に機能していなかった」、つまり幼い頃の私は母親から自分のことをあまり理解してもらえないと「強く」感じていたことを示唆しています。
したがって母親との関係では共感不全が起こっていたと思われます。
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