自己分析・自己治療のテーマとした症状:
女性恐怖症
スターバックスで隣にきれいな女性が座ると感じた女性恐怖症的症状(息が詰まるような圧迫感と恐怖)
自由連想法による自己分析・自己治療(重要な連想のみ):
中学3年のとき、下級生の女子たちから執拗に いじめられた
廊下で会うたびに指を指して笑われた
これ以上面白いことはないと言わんばかりに
しかし(今まで気づかなかったが)普通、下級生というのは上級生が多少なりとも怖いものなのではないか
部活などで上級生のしごきは当たり前にあるわけだし
ではなぜ彼女たちは平気で上級生の私を いじめることができたのか?
たとえば私の同級生から「下級生のくせに生意気」だとして目を付けられるような心配をしなかったのか?
私が同級生からも いじめられているような人間ではなかったわけだし
分からない…
なぜ彼女たちは平気なのか?
なぜそんなに自分に対して自信満々なのか?
(彼女たちに廊下で いじめられているところをイメージしてみる)
戦う前から既に負けていた
はじめから「また笑われる」と思い、諦めていた
「どうぞ笑ってください」と言わんばかりに
どんなに苦痛でも逃れられないと諦めていた
そういえば恐怖心を感じる女性のほとんどは、自分よりも年の若い女性ばかりだ
年下の女性=下級生の女子
下級生の女子から繰り返し笑われ続けたトラウマ(心的外傷)を持つ私には、年下の女性というだけでトラウマが呼び覚まされるのかもしれない
隣に座る年下の女性から笑われる恐怖…
もし本当に起こったら…確かに怖い、恐ろしい
それに当時は笑われる理由が分からなかった、だから対処のしようがなかった
笑われるままだった
だとすると…もし女性に笑われても自分にはどうすることもできない
笑われ続けるしかない
どんどん惨めになるしかない
そして、その惨めさから決して逃れられない
顔から火が出るほど恥ずかしくても、そこから逃れられない
まさに地獄だ
「女性に笑われても自分にはどうすることもできない」とう諦めの信念がいけないような気がする
ならばゲシュタルト療法の出番だ
それも、これまでの自己分析で行ってきた傷ついた自分を傾聴で癒すためではなく、私の心の中にしっかりと根を下ろして居座っている下級生の女子の「いじめ」というトラウマと対峙するために
自己分析・自己治療からの洞察:
下級生の女子の「いじめ」がトラウマで女性恐怖症に
女性恐怖症への自己分析・自己治療により、私の女性恐怖症的な症状は主に年下の女性に対して生じており、その女性恐怖症的症状には中学生のときのトラウマ(下級生の女子たちから いじめられ続ける体験)が関係していることが示唆されました。
女性恐怖症のトラウマ治療・克服:
そこでゲシュタルト療法を用いて、トラウマの元となっている下級生の女子のイメージと改めて対峙することで女性恐怖症の治療(自己治療)・克服を試みました。
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