お仕置きの恐怖からトイレ不安(失禁恐怖症)に?-自由連想法による自己分析・治療193回とは別の「お仕置きの恐怖体験」にまつわる別の自己分析・自己治療です。
自由連想法による自己分析・自己治療:
悪いことをすると押入れに閉じ込められるのではなく、「出ていいと言われるまで押入れから出るな」と言われた
言いつけを守らないと半殺しの目に遭うと思い、言いつけを忠実に守った
ん?なぜ親は鍵を閉めて実際に閉じ込めなかったのだろう? その方が お仕置きの効果があるはずなのに
鍵がなかった…そうだ押入れには鍵がなかった、だから鍵をかけようがなかった
だから「出ていいというまで、そこから出るな」と言われたのか
ものすごい剣幕で怒鳴られたのは言うことを聞かせるためだ、何しろ出ようと思えばいつでも出られるのだから
それでは お仕置きにならない
だから必要以上に怒鳴りつけて、恐怖心を与える必要があった
「勝手に出たら半殺しにするぞ」と脅す必要があった
今まで奇妙な お仕置きの仕方だと思っていたけど、そういう事情があったのか
半殺しにされる恐怖から、自分から率先して言いつけを守った
必死の思いでトイレまで我慢した
膀胱が痛くなるまで
半殺しにされたくなかったから
どんなに苦痛でも、自分で自分を律する必要があった
もしかしたらこれが自己懲罰的性格の原因?
一見奇妙な お仕置きの仕方から自己懲罰の仕方を覚えた
自由連想法による自己分析・自己治療からの洞察
お仕置きの恐怖から自己懲罰的性格に?
自由連想法による自己分析・自己治療で想起された、子供の頃の悪いことをしたら鍵のない押入れに閉じ込めるお仕置きの記憶。そして鍵のない押入れに閉じ込めておくためと工夫として親からの脅し文句への恐怖が私を自己懲罰的性格へと駆り立てた可能性が示唆されました。
おそらく奇妙で、そして恐ろしい お仕置きの体験を通して私は、(お仕置きを含めて)人から罰を受けるときは相手の要求を察して自らに罰を与える、すなわち自己懲罰的行動をとる必要があることを学習したのでしょう。
自己愛的な性格から自己懲罰をエスカレート
そして(不幸なことに)他人の欲求を魔術的に感じ取る(相手が意識していない欲求まで感じ取る)自己愛的な性格から、相手の空想に過ぎない自分への要求を次々と感じ取り、自己懲罰をエスカレートさせていったのことが推測されます。
自己懲罰により失禁
そう考えると小学生のときトイレを我慢して身をよじり先生に「どうした?トイレに行きたいのか?」と助け舟を出されてもトイレに行けず失禁してしまった理由が分かります。
おそらくそのとき幼少の頃の お仕置きの恐怖の記憶(といっても身体で感じる身体記憶)が蘇り、トイレに行ってもいいとは「信じられなかった」のでしょう。だから(お仕置きのときと同じように)自己懲罰的にトイレを無理に我慢して、挙句の果てに失禁して恥をかくことになったのだと思います。
自己懲罰的性格 心理学的分析本リスト
自己懲罰をテーマとした映画・ドラマ
「自虐の詩」ほか、自虐をテーマとした文学・小説