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自己分析のテーマとした症状(情動):

心理カウンセリングとは別の仕事のクライエントさんの突然のクレーム。延々と続く叱責…それもまったく見に覚えのないことで…*
しかも「見に覚えがない」ことを強調すればするほど、そのような私の弁解はそのクライエントさんの「こんなに酷いことをしながらすっかり忘れてしまっている」との確信を強め、ますます怒りに火をつけてしまっているようでした(T_T)
*後にそれは見知らぬ第三者による悪質な行為によるものと判明しました。
その後、自分に非がないことが分かってホッとしたのか気分も落ち着きましたが、しばらくするとまた先の電話のやり取りのことが繰り返し思い出され、そのたびに漠然としたわだかまりのようなものを感じずにはおけません。何かが私の心の中で「わだかまり」として残り続けているような気がしてなりませんでした。
そこでその「わだかまり」の正体を探るべく久しぶりに自由連想法による自己分析を試みました。
(気がつけば2週間も自己分析をサボっていました)

自由連想法による自己分析・自己治療:

(電話のやり取りを思い出す)
クライエントさんの甘えるような口調の出だし
そして怒り
しかし交互に表れる私の仕事ぶりへの賞賛
怒りと賞賛の繰り返し
そして私の説明などまるで理解してもらえていないかのように延々と繰り返される、同じ内容の非難
まるで私など存在しないかのような印象
この人は誰と話をしてるのだろう?
めまいがしてくるような、圧倒され心理的に飲み込まれてしまうような恐怖心
母親が上京してきたときに感じた、あのめまいと似た感覚
(関連ブログ:恐怖症の「めまい」は自己コントロールを失う恐怖-自由連想法による自己分析・治療201回
(突然、子供の頃の母親とのやり取りが思い出される)
「お兄ちゃんはやれば(勉強すれば)できるんだから!」
これまでは「叱咤激励」「心にもないことを」と思っていたが別のイメージの母親が思い浮かぶ
必死な感じ
必死に何かを振り払う感じ
自分の理想とはあまりにもかけ離れた、勉強のできないダメ息子という現実を振り払うかのように
(それでもクラスでは上位の成績ではありました)
これまではうつ病の方の気持ちに通じる、叱咤激励されることへの辛さは自覚していた
でも本当の辛さはそうじゃない
母親の期待に応えるプレッシャー
「母親の期待に応えなければならない」気持ちと「それができない」気持ちとの間の葛藤や罪悪感や惨めさ(役立たずな人間)

自由連想法による自己分析・自己治療からの洞察:

理想化自己対象欲求への恐怖心・惨めさ・罪悪感

自由連想法による自己分析から、一見他愛のないように思える親子の会話の底に潜む母親の理想化自己対象欲求とその欲求(期待)に応えられない惨めさ(自分や役立たずな人間)や、そのことで叱責される恐怖心から生じる罪悪感が洞察されました。
しかしその惨めさや罪悪感は、これまではあまりに辛い感情のためなのか抑圧され、単に口うるさい母親への怒りだけが自覚されていたようです。
なお自己分析の素材となったクライエントさんは(あくまで憶測ですが)自己愛の強い方だと想像されます。
このことは今回の件以外にも(理想化自己対象として過度に理想視されたことによると思われる)たびたびまったく畑違いの仕事を依頼されることや、そうかと思えば突然すべての仕事をストップされるということが何度か繰り返されていることから推測されます。
ですからそのようなクライエントさんの自己愛的な印象が、理想化自己対象欲求を向ける母親の連想へとつながったものと思われます。

融合自己対象欲求への恐怖心

またクライエントさんや上京した母親に感じた心理的に飲み込まれてしまうような恐怖心や「めまい」は、もしかしたら融合自己対象欲求*を感じてのことなのかもしれません。
*言わなくても自分の欲求を理解し叶えて欲しいと願う、いわば阿吽の呼吸を無条件に期待する欲求。
自己心理学による自己対象欲求ガイド本
P.S. その後クライエントへの激しい怒りが湧き上がりいつまでも収まらないため、ゲシュタルト療法による自己傾聴で傷ついた自己を支えることにしました。
関連ブログ:収まらない怒り-ゲシュタルト療法による自己傾聴・治療260回

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