ゲシュタルト療法による自己傾聴は、偽りの自己と呼ばれる曖昧な自己感で苦しめられる自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の人が本当の自己を取り戻し、さらに耐え難い惨めさの感覚を受容することを促す心理療法であると考えられます。
ゲシュタルト療法による自己傾聴を用いた自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の治療 目次:
ゲシュタルト療法による自己傾聴の方法
ゲシュタルト療法による自己傾聴のコツ
・自己愛的な気持ちを汲みながら(想像しながら)伝え返す
・自己愛的な反応(態度)を道しるべにする
自己傾聴による本当の自己の回復の事例
自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の治療に有効なゲシュタルト療法による自己傾聴
ゲシュタルト療法による自己傾聴を自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の治療に用いるための条件
・観察自己(観察自我)の存在
ゲシュタルト療法による自己傾聴の方法:
傾聴vC直面化・認知行動療法-自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の治療に効果的な心理療法では、自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の治療に効果的な心理療法は傾聴であり、しかし傾聴による治療は長期間(2~3年)に及ぶため経済的・時間的制約があると述べました。
この傾聴の経済的・時間的制約を補う心理療法として、イメージ療法の一つであるゲシュタルト療法のテクニックを使って自分自身に傾聴する、いわゆる自己傾聴があります。具体的には次のように行います。
1. 自分自身の自己愛的な性格の部分を感じて、心に浮かんできた言葉を口に出す(あるいはノートやパソコンなどに記録する)
2. 出てきた言葉に対して心理カウンセラーになったつもりで「相手の気持ちを感じながら」その言葉を「そっくりそのまま」伝え返す(傾聴におけるミラーリング)
3. 1と2の作業を繰り返す
上手く行けば自己愛的な性格の部分に、気持ちの変化や何らかの洞察が起こります。
ゲシュタルト療法による自己傾聴のコツ:
自己愛的な気持ちを汲みながら(想像しながら)伝え返す
ゲシュタルト療法による自己傾聴を効果的に行うコツは、心理カウンセラーの立場のときに「自己愛的な相手の気持ちを感じながら」その言葉を「そっくりそのまま」繰り返すことです。
これは一見「オウム返し」のように思えますが似て非なるものです。
オウム返しとは相手の言葉を「ロボットのように機械的に」繰り返すものであり、気持ちが一切感じられません。そのため極めて非共感的・非人間的、あるいはぎこちなく不自然な印象を与えます。
ですから大切なことは自己愛的な性格の部分の気持ちを汲みながら(想像しながら)伝え返すことです。相手の気持ちを正確に汲んでさえいれば多少言葉が違っていたとしても、それが相手に非共感的と映ることもありません。
自己愛的な反応(態度)を道しるべにする
もちろん自己愛的な自分の気持ちをいつも正確に理解(推測)できるとは限りません*。
しかし心配は要りません。共感し損ねた場合は自己愛的な性格の立場に身を置いたときに(ときとして激しい)怒りを感じますのですぐに分かります。
ですから心理カウンセラーの立場として傾聴するときには、自己愛的な自分自身の反応(態度)を道しるべにすれば良いわけです。自己愛的な自分自身の反応(態度)が、何が共感的で何が非共感的であるのかをすべて教えてくれます。
*「自分の気持ちが分からないはずがない」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ゲシュタルト療法による自己傾聴を行いますと「自分自身の気持ちに共感し損ねる」事態が現実に生じ、少なからずショックを受けます。私自身、自己愛的な自分の部分に何度罵倒されたか分からないほどです。
自己傾聴による本当の自己の回復の事例:
では実際の事例を示します。大部となるため対話の後半部分のみを掲載いたします(対話内容の全文は自己愛憤怒による攻撃的空想が消滅-ゲシュタルト療法によるインナーチャイルドの癒し107回目に掲載しております)。
自己愛的な性格の自分(以下「N」と略)「知識では適わない悔しさ…惨めさ」
心理カウンセラーの立場の自分(以下「C」と略)
N「惨めだと認めたくなかった」
C「自分が惨めだと思いたくなかった」
N「そうだったんだ…」
C「そうだったんだ…」
N「別に惨めだと感じてもいいんだ…」
C「惨めだと感じてもいい」
N「これも悪くないかも」
C「惨めも悪くない」
N「なんか、しみじみ…自分が愛おしい感じ…やっと会えた感じ」
C「『私』に会えた」
N「やっと自分になれた…」
C「これが自分」
N「そう、これが私、確かな私…」
C「確かな私」
N「今日はどうもありがとう」
C「こちらこそありがとう」
(握手をして別れる)
これは私自身が過去に自己愛憤怒とでも呼べるような、いつまでも治まらない激しい怒りを感じる部分に対してゲシュタルト療法による自己傾聴を試みたもので、ラストシーンではウィニコットが本当の自己と名づけた自己の感覚を意識し、なおかつそれを受容できています。
自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の治療に有効なゲシュタルト療法による自己傾聴:
この当時はあまり意識していませんでしたが今改めて読み返してみますと、このときの体験が自己愛に様々な障害を持つ自分にとって、いかに貴重な体験であったことが分かります。
自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害(抑うつ型自己愛性パーソナリティ障害)をはじめとした自己愛障害の人は「他人との優劣」の感覚に非常に敏感で*、自分が劣っていることについて耐え難いほどの苦痛を感じる傾向があります。
そのため事例に見られような「惨めさ」は自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の人にとって本来耐え難く、どんな手段を用いても回避されるべき感覚のはずです。
しかし事例において自己愛的な私の部分は、それを認めるだけでなく愛おしく感じ、惨めな自分を本当の私・確かな私と感じています。
*たとえば私はNHKの『トップランナー』『プロフェッショナル仕事の流儀』などを見るたびに羨望に駆られます。自分とはまったく違う職業の人に対してさえも、その人が「脚光を浴びている」ということだけで羨望を掻き立てられるのです。
このことはゲシュタルト療法による自己傾聴が、これまでウィニコットが偽りの自己と名づけた曖昧な自己感でのみ生きざるを得なかった自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の人が本当の自己を取り戻し、さらに自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の人にとって耐え難い惨めさの感覚を受容することを促す心理療法であることを示しているように思えます。
ゲシュタルト療法による自己傾聴を自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の治療に用いるための条件:
観察自己(観察自我)の存在
ただしゲシュタルト療法による自己傾聴を自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の治療に用いるためには条件があります。観察自己(観察自我)の存在です。
観察自己(観察自我)とは自分を客観視する自己(自我)のことであり、たとえば会話のときに内容を整理しながら話を進めたり、自分が(緊張しているなど)何を感じているのかを意識しながら話をするときには無意識に観察自己の能力を活用しています。
そのためゲシュタルト療法による自己傾聴を治療に用いる際には、患者(クライエント)さんに最低限この観察自己が育っている必要があります。
このような条件からゲシュタルト療法による自己傾聴を自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の治療初期から用いることは困難としても、それ以降では観察自己が育ってきたと判断される限り試してみる価値はあると考えられます。
何よりゲシュタルト療法による自己傾聴は、自己愛性パーソナリティ障害・回避性パーソナリティ障害・自己愛障害の患者(クライエント)さんの治療後のQOLを高めるセルフカウンセリングの心理療法としても有用であり、その点からも治療効果をより高めるものと思われます。
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