子供の頃からの遅刻癖
私は幼少の頃から精神的な症状に事欠かないような子供でしたが、その1つに遅刻癖があり、それはカウンセラーとなった今でも十分に改善しているとは言えません。
さすがに仕事のセッションや打ち合わせに遅刻することは滅多にありませんが、プライベートでは知人との約束や見たい展示の終了時間、特に後者には今でも頻繁に遅刻して残念な思いを繰り返しています。
これまでこの遅刻癖の理由を次のように自己分析していました。
・楽観的な予測
・早く着いてしまうことへの損をしたような気持ち
これらの遅刻癖の理由はネット上のまとめサイトにも書かれているものですが、今日新たに別の理由に気づくこと出来事がありました。
十分間に合うはずの用事がギリギリになってしまった出来事
今日はドライアイを治療する目薬がなくなってきたため眼科へ行く予定でした。
日中に仕事や用事を済ませ5時半頃に家に帰って来ましたので、それからすぐに支度をして出かければ自転車で15分くらい(これは楽観的な予測ではなく実際の所要時間)の場所ですので、6時半の診察終了時間まで十分に間に合います。
ただそれまでネットに繋がらない地下に居たため、念の為メールチェックだけは行うことにしました。
それを済ませると6時近くになっていましたが、それでもまだ15分くらい余裕があります。
ところが私は、まだ時間があるからと歯磨きを始めました。
最近歯茎に痛みを感じることがあるため、食後に今一度磨いておこうと思ったためです。
歯磨きを終えると6時13分を過ぎていましたので、もう数分しか余裕がありません。
さらにその眼科は1分でも過ぎると診察してもらえないので遅刻は厳禁です。
ところがそれにもかかわらず私はトイレに行くことにしました。
我慢できないほどではなかったのですが、寒さの影響か今日はトイレが近いため、途中で行きたくなると間に合わなくなると思ったためです。
用を足すと6時15分を過ぎており、もう一刻の余裕もありません。というよりも間に合いそうもありません。
そこで大急ぎて出かけ、いつもよりもスピードを出して眼科へ向かいました。
幸い信号のタイミングも良かったため奇跡的に間に合いました。
遅刻しそうになるまで用事を作り続けるという自滅的な心理
上述の私の行動パターンは、冒頭で提示した遅刻癖の2つの理由の何をもってしても説明がつきません。
今回に関しては、遅刻しそうになった理由は予測が楽観的過ぎたわけではなく、また早く着いてしまうことで損をした気分になることを避けるためでもありませんでした。
早く着いてしまっても待ち時間が長くなるわけではないためです。
今回私が行ったのは、今どうしてもしなければならない訳ではない、用事とも言えないような事柄を次々と作り出し、焦りを感じるようなキリギリの状況へと自ら追い込んでいったというものです。
なぜこのようなことを行なっているのかまでは分析できませんでしたが、とりあえず自分が自滅的とも思えることを無自覚に行なっていたことは自覚することができました。