NHK「お母さん、娘をやめていいですか?」~仲良し親子の関係に潜む共生期の恐ろしさをリアルに描いたドラマ

今月からNHK総合で「お母さん、娘をやめていいですか?」というドラマが始まりました。
キャッチコピーに「その娘と母は一番の親友であり、まるで恋人のようだった」とありますように、仲良し親子(母娘)の物語です。
ですがこのドラマを見てゾッとしました。そこでは精神分析の発達論で共生期と呼ばれる、最も重症域の病理が展開されていたためです。

最近、このドラマにあるような、友達感覚の非常に仲の良い親子が増えていると聞きます。
大多数は母と娘のようですが、息子のケースもあります。

気掛かりなのは、このような親子をマスメディアがもっぱら肯定的に紹介していることです。
これは精神分析が生まれたヨーロッパとは異なり、私という個の感覚が曖昧なまま育つ日本では、さほど違和感が感じられないためと考えられます。
ですが冒頭で述べましたように精神分析的な観点からは、かなり深刻な親子関係です。

以下、その問題点についてドラマを参照しながら解説します。

共生期とは

まず共生期についての説明です。私たちは幼稚な印象を受ける人のことをよく「3歳児のようだ」と形容します。
ですが共生期で想定されている情緒(=心の感情的な側面)の発達レベルはそれより遥かに前の0歳児の段階、つまり赤ちゃんです。

ご承知のように赤ちゃんは養育者の全面的な手助けがなければ生きていくことができません。
このため共生期には、後述する意味合いとは別に、生きていくために典型的には母親である養育者の存在が欠かせない、一人では存在し得ないという意味合いも込められています。

では主人公の娘のどこが赤ちゃんのようなのか、順次見ていきます。

共生期の母と娘の関係の特徴

冒頭は母と娘の仲の良いシーンと共に、波瑠さん演じる娘の、斉藤由貴さん演じる母親に対する思いが綴られます。それは次のようなものです。
・他の誰よりもお母さんと一緒にいるときが一番楽しいかもしれない
・お母さんの言う通りにすれば何でも上手く行く
・お母さんに「大丈夫、きっとできる」と言われると何でもできそうな気がする

私とあなたの関係ではなく「私たち」という1つの人格だけが存在するような一心同体の世界

1つめの思いと関連したこととして、二人は単にケンカしたことが一度もないほど仲が良いだけでなく、好みもすべて一緒、かつ言葉に出さなくてもすべてを分かり合える関係であることが明らかとなります。
それゆえ「何でも分かってくれるお母さんと一緒にいるのが一番楽しい」ということなのでしょう。
これは理解してもらえないというストレスがまったく存在しないという、通常なら期待できない関係です。

このため精神分析の知見では、たとえ親子でも自分とは別の存在とここまで心が通じ合うことは考えられず、それゆえこのようなことが可能となるのは、生後しばらくは主たる養育者となることが多い母親との二人だけの関係に留まり続け、分離と呼ばれる精神的に独立した存在となる経験をしたことがないため、未だに感情面では母子密着の状態で育てられていた頃と変わらない水準にあるケースに限られると考えられています。

そのためこの状態にある関係を、私とあなたという別個の存在同士の関係ではなく「私たち」という1つの人格だけが存在するような一心同体の状態を表すものとして共生関係と呼び、またそのような状態にある心の発達水準を共生期と呼んでいます。

母親が完璧な存在として理想化されている

続いて2つめと3つめの、お母さんの言う通りにすれば何でも上手く行く、お母さんに「大丈夫、きっとできる」と言われると何でもできそうな気がするの部分からは、母親がスーパーマンのような完璧な存在として理想化されていることが窺えます。
これは言葉を変えれば、母親がもっぱら自己愛講座で触れた理想化自己対象として機能していることを意味します。

主人公の娘はショックな出来事があるたびに泣き崩れ、その都度離れていても常にスマホでやり取りをしている母親の励ましにより回復することを繰り返しています。
またそれ以外にも、日常の様々な出来事を逐一母親にスマホで報告し、かつすべての判断を母親に委ねています。

このような全幅の信頼を寄せているのは、(娘から見れば)母親がスーパーマンのような完璧な存在だからであり、また辛い時にいつも助けてくれる頼もしい、かつ唯一の存在だからです。
母親が居なくては(文字通りの意味で)生きていけない、まさに共生関係です。

ここまでがドラマの第1話の前半から推察した親子関係の概略ですが、日本では個の確立(精神的な自律)はあまり重視されず、その反対に対立の少ない円満な人間関係には非常に高い価値が置かれがちですので、非常に仲が良い親子に対して赤ちゃんレベルの母子関係というレッテルを張る精神分析の考え方に強い違和感を感じた方もいらしゃるかもしれません。
ですが個人の精神的な強さよりも協調性を重んじる日本社会とその反対の個人主義の社会とでは、これほどまでに考え方(評価)が異なるものなのだと、ご理解いただければと思います。

日本では仲が良くて何でも分かり合えるのだからむしろ好ましい状態と思われがちなことが、個人主義の思想が根付いた社会では、主体性が乏しく自分の考えを持たないことが大きな問題と考えられるのです。

次回は母親の側に焦点を移して考察を進め、その次には第1話の後半で、第3の登場人物である柳楽優弥さん演じる住宅メーカーの社員と娘が親しくなることで事態が急展開していく内容を元に、主人公の娘が心理的な成長(自律)へと向かい出す様子を考察する予定です。

ちなみにこの次々回に予定している内容の段階に来て初めて、親との関係に苦痛を感じ始めた子供や、自分から離れて行こうとする子どもに危機感を感じる親がカウンセリングその他のサービスを利用する可能性が出てきます。
それまではお二方とも、ドラマの登場人物と同様に、この上なく幸せだったはずですから。

追伸)後から知りましたが、このドラマは以前に「母親の望みどおりの人生を歩む子どもの二通りのタイプと主体性との関係」という記事の最後に参考文献として著書の『母が重くてたまらない~墓守娘の嘆き』を紹介したことのある信田さよ子さんの監修によるものでした。どおりでリアルなわけです。
また次の日程で第1話が再放送されますので是非ご覧ください。
NHK総合 1月19日(木)午前2:20~3:09

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