自己分析・自己治療のきっかけとなった本の文章:
「(間主観的自己心理学の理論では)どのような治療体験にも、自己対象ないしは発達的側面がある…治療関係の自己対象的な側面はいったん形成されると、それ自体が心理的成長と変容を促進する」(間主観的アプローチ臨床入門 P.82 一部改変)
本による自己分析・自己治療からの洞察:
心理学のワークショップ中毒を軽蔑
間主観的自己心理学の本の文章から心理学のワークショップ中毒と呼ばれる現象が想起されました。
「心理学のワークショップ中毒」とは、一般には現実の辛さから逃避するために心理学のワークショップに通い続ける人々を揶揄するために使われる表現です。
実は私自身も心理学に通い続ける人々の行為を「現実の辛さを一時的に忘れるための躁的防衛」に過ぎないと考え、またそのような人々をワークショップ中毒にさせてしまう心理カウンセラーに対しても「他人の心理的弱みに付け込む金の亡者」「他人を依存させることで満足を感じる自己愛の塊のような人間」だとして軽蔑さえしていました。
心理学のワークショップ中毒は自己対象欲求の表れ
しかし上述の本の文章を目にしたとき、私の考えが誤りだったことに気づかされました。
おそらく心理学のワークショップに(周囲から中毒と見えるほどに)惹かれるのは、そのワークショップの内容がその方々の(鏡映自己対象欲求・理想化自己対象欲求などの)自己対象欲求を満たしてくれる、言葉を換えるとそのワークショップが参加者の自己対象欲求を感じ取り、さらにその欲求を十分満たしているからに他なりません。
したがって(なかには本当に危ないワークショップもあるのでしょうが)人気のある心理学のワークショップの多くは私が軽蔑していたようなものではなく、むしろ参加者の方のニーズ(自己対象欲求)を十分に満たしている、それゆえに世間から評価されているのでしょう。