パーソナリティ障害の適応障害(社会適応障害)的側面と操作的診断基準の特徴-自己分析・治療 目次:
ドイツのエリートへの自己愛性パーソナリティ障害の印象
自己愛性パーソナリティ障害的な性格が望まれる地域社会・文化もある
適応障害(社会適応障害)としてのパーソナリティ障害
適応障害(社会適応障害)的側面を考慮した操作的診断基準におけるパーソナリティ障害の診断基準
ドイツのエリートへの自己愛性パーソナリティ障害の印象:
エリート教育から自己愛性パーソナリティ障害は生まれる?-自己分析・治療に続く、自己愛性パーソナリティ障害をはじめとしたパーソナリティ障害の診断基準へのさらなる洞察。
上述のブログで取り上げた番組ではドイツの富裕層の子供のみが通うことができるエリート校の学生の生活ぶりが紹介されていましたが、私には(したがって主観的には)彼らエリートの言動が「自分がいかに素晴らしい人間であり、反面所得水準の低い層の子供がいかに堕落した人間であるのか」に終始しているように思えました。
そのため私には彼らエリートが、自己愛性パーソナリティ障害の診断基準を満たしているようにさえ思えたのです。
自己愛性パーソナリティ障害的な性格が望まれる地域社会・文化もある:
しかし番組を見る限り、そのエリート学生はパーソナリティに問題がある青年どころか、両親にとっては「優しくて思いやりがあり、人一倍責任感の強い」自慢の息子であり、家族の属する地域社会からは将来有望な青年と見られているようでした。
おそらくこのエリート学生の属する地域社会においては、私には自己愛性パーソナリティ障害としか思えないような尊大な性格が、むしろ社会的に望ましい性格として推奨されているものと考えられます。
適応障害(社会適応障害)としてのパーソナリティ障害:
このように考えますと自己愛性パーソナリティ障害に限らずパーソナリティ障害と呼ばれる精神疾患は、その人の性格とその人の属する地域社会で共有される「望ましい性格」との軋轢から生じる、いわば適応障害(社会適応障害)*的な精神疾患といえ、したがってその人が別の価値観を共有する地域社会へと移れば、それまでとはまったく違った印象を周囲の人に与える可能性もあると考えられます。
*この場合、適応障害で規定されるストレス因子としては「あまりにも大きな価値観の違い」などが考えられます。
たとえば先のエリート社会の中に、常に自信満々に振舞うことにためらいを感じるようなタイプの人がいたとしますと、その人は周囲の人から「自分に自信のない弱気な人間」悪くすれば「自尊心に(重大な)問題のある人間」とのレッテルを張られる可能性さえあるように思えます。
適応障害(社会適応障害)的側面を考慮した操作的診断基準におけるパーソナリティ障害の診断基準:
このパーソナリティ障害という精神疾患の持つ適応障害(社会適応障害)的な側面は、DSM-IVやIDC-10をはじめとした操作的診断基準*におけるパーソナリティ障害(パーソナリティ障害)の診断基準でも暗に**考慮されているようです。
*症状などの観察可能な現象をよりどころとして診断を下す診断方法。
**ここで「暗に」とあるのは、操作的診断基準にはパーソナリティ障害とは別に適応障害の診断名も存在するためです。
たとえばDSM-IVのパーソナリティ障害の章には、全般的な診断基準として「その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った内的体験(主観的体験)および行動の持続的様式」との記述があります。
この文面から察するに、パーソナリティ障害(パーソナリティ障害)という精神疾患の診断基準が、クライエントさんの属する文化で共有される価値観や常識などに大きく依存していることが伺えます。
また同時にこのことは、クライエントさんの属する文化(地域社会)で共有されている一般的な人物像のイメージが分からなければパーソナリティ障害の診断もできない、言葉を変えればパーソナリティ障害の診断のためにはクライエントさんの属する地域社会のことを詳しく知ることが必要であることを示しているように思えます。
DSM-IV関連本
パーソナリティ障害(パーソナリティ障害)症状・原因・診断・治療・接し方ガイド本