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不真面目な遊びへの父親の怒り-対人恐怖症の人間関係への完璧主義の自己分析・治療での自己分析から、対人恐怖症の人間関係への完璧主義の傾向とは別に、以下のような父親の性格についての洞察も得られました。

自己愛的な恥への怒り-父親との人間関係の自己分析・治療 目次:

子供には無関心との父親への洞察
子供に対して恥を感じる父親
恥をかかされた父親の自己愛的な怒り

子供には無関心との父親への洞察:

これまでの父親との人間関係の自己分析から得られた父親の性格への洞察は、次のような理由から子供(私と弟)には無関心というものでした。
(いずれも母親の証言です)
・母親に対して「お前の子供だろ」とたびたび発言
(これは私も子供心に覚えています)
・女の子が欲しかったらしく、病院で弟が生まれたときに赤ちゃんが男の子だと知り、腹を立てて帰ってしまった
・同じ理由から親戚の子供(女の子)を実の息子以上に可愛がった
(父親の最期を看取ったのも、病院で看護師をしていた彼女でした)
しかし前述の自己分析で回想された父親の態度から、実は父親は私たち子供に対して、決して無関心ではなかったことを知るに至りました。

子供に対して恥を感じる父親:

先の自己分析で回想された父親は、いつまで経ってもボーリングの玉を上手く投げられない私や弟に対して、単に腹を立てるだけでなく恥ずかしいという言葉を口にしています。
子供という自分以外の人間の行いに対して恥ずかしいと感じるということは、私たち子供との間に何らかの心理的な繋がりを感じている証です。
この父親の態度からは、私たち子供に対して全くの無関心ではなかったことが伺えます。

恥をかかされた父親の自己愛的な怒り:

では父親の感じる心理的な繋がりとはどういうものなのかと考えて見ますと、それは精神分析で自己愛の延長物と呼ばれる自己愛的(自己中心的)な繋がりのように思えてなりません。
もともと他人を馬鹿にして止まない自己愛的な性格に加え、勤め先のボーリング大会で優勝するほどの腕前だった父親の心の中は、まともにボールを投げられないような人間が同じ家族にいることで、恥をかかされたことへの怒りで一杯だったのではないかと推測されます。
(小さな街でしたので、ボーリング場に知人がいたことも十分に考えられます)
自己愛の延長物とは、自己愛の強い性格の人が他人を自分の欲求を満たすための道具として利用する心理を指す精神分析用語ですが、父親のケースでは私と弟が自己愛の延長物として父親の価値を高めることができなかった、あるいは自らの自尊心を支えているボーリングの腕前が出来の悪い家族の行為で泥を塗られたように感じられ、その感覚が恥をかかされた怒りに結びついたのではないかと考えられます。
しかしこれまで父親は私に対して無関心だとばかり思っていましたので、たとえそれが自己愛の延長物としての恥をかかされた怒りであっても、父親が私に対して心理的な繋がりを感じていたのは意外なことでした。
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