自己分析・自己治療のテーマ:
『間主観性の軌跡―治療プロセス理論と症例のアーティキュレーション』の指摘「精神分析的治療におけるコミュニオン調律*の重要性(P.56-57)」への疑問。
*クライエントさんの話をただただ受容的に受け止め、いっさい変化を促そうとしない、いわゆる傾聴と呼ばれる治療態度・技法
以前にあるセミナーで傾聴のトレーニングをした際に、初めて傾聴体験する方の多くが傾聴されることに苦痛を感じ、質問をしてもらえた方が話しやすいとおっしゃっていました。
私自身も傾聴にはある程度なれているつもりでしたが、話が途中で途切れてしまい沈黙に耐え忍ぶ中、心理カウンセラー役の方が恐怖に顔を引きつらすだけで(私にはそう見えました)何も介入してくれず、思わず耐え切れずに沈黙を破るため「あの…何か話した方がいいのでしょうか?」と言ってしまった覚えがありますw
このような苦痛な体験は心的外傷にはなり得ても、とても「受容された」と思えるような体験ではありませんでした。
実際に心理カウンセリングに訪れる方は、心理学に興味がある方でない限り傾聴された経験がないと思われます。
そうであれば上述の傾聴のトレーニングと同様の体験が当然心理カウンセリングの場でも頻繁に起こり得るはずです。
今でも私の脳裏に、あの傾聴のセミナーの初日の皆さんの感想が焼きついて離れません…
そこでこの機会に、私には(指示により)心理カウンセラー役の方が傾聴に固執したことが原因で苦痛な沈黙を強いられたと思える例の体験について自己分析してみることにしました。
自由連想法による自己分析・自己治療:
あのときの心理カウンセラー役の方(以下「心理カウンセラー」と略)の恐怖に引きつったような表情
おそらく心理カウンセラーも必死に沈黙の苦痛に耐えていたのだろう
たとえ沈黙してクライエントが苦しんでいても援助の手を伸べてはいけない
そんなことをすればクライエントが退行して依存的になってしまうからと
冗談じゃない、苦痛に耐え忍ぶこっちの身にもなってくれ
今思えば沈黙だけじゃなくて、心理カウンセラーの恐怖に怯える表情を見ているも辛かった
カウンセラーの恐怖? 何に恐怖を感じていたのだろう?
私を苦しめている罪悪感?
いや、その罪悪感と「何があっても傾聴に徹する」指示との間で板ばさみになる葛藤状態への恐怖だ
そう思うと何だか自分よりも心理カウンセラーの方が可哀想になってきた
なるほどそれでか、自分から沈黙を破ったのは
恐怖に顔が引きつるほど辛そうな心理カウンセラーを見るのが忍びなくなり、こちらから沈黙を破った
「何か話した方がいいのでしょうか?」との質問も心理カウンセラーのニーズを(勝手に)汲み取ってのことだろう
もしこれが実際の心理カウンセリングだったとしたら…
同じように沈黙が訪れて、同じように心理カウンセラーが「恐怖に引きつった顔で黙ったまま」だったとしたら…
おそらく、いや、ほぼ間違いなくこちらから沈黙を破っただろう
なにしろ心理カウンセラーが困っているのだから
こんなことが治療的だとは到底思えない
では同じように心理カウンセラーが傾聴に徹して沈黙が訪れた際に、今度は心理カウンセラーが「平然」としていたら?
これも酷い、ある意味、前のパターンよりもっと酷い
なにしろ人が困っているのを見て平然としているのだから
反共感的でこれも論外
では心理カウンセラーが(ご自身の信念、あるいは所属する団体の「しがらみ」により傾聴に徹しなければならないが為に)沈黙を放置していることに対して「済まなそうな表情」つまり罪悪感を感じていたら?
「済まないと思うなら何で助けてくれないの?」と言いたくなる
これも共感的とは言えない
では沈黙の際に心理カウンセラーが「沈黙がお辛いのですね。あなたの辛いお気持ちは良く分かりますよ。」と共感を示せば?
う~ん…おかしい…沈黙を放置しておいて、その当事者が「気持ちは分かる」なんて
思うに、そもそもクライエントが沈黙に耐えなければならない理由が分からない
望んでもいない沈黙に耐えることに治療的な意味があるとは、とても思えない
「心理カウンセラーが手を差し伸べればクライエントが退行してどんどん依存してしまう*」と言うけれど、話すことがなくなり困り果てているから「助け舟を出して欲しい」と思うことがそんなにいけない、あるいは病的だとでも言うのか?
なんだか、だんだん腹が立ってきたぞw
*関連ブログ:傾聴しないとクライエントが依存する?-自由連想法による自己分析・治療172回
自由連想法による自己分析・自己治療からの洞察:
傾聴に徹するのは馬鹿げている
いくら考えても私には沈黙して困っているクライエントさんを助けてはいけない(といっても、ただ沈黙を破るだけですが)理由が分かりません。
ただ闇雲に傾聴に徹することは馬鹿げているとしか思えません。
クライエントの依存を招く傾聴?
闇雲に傾聴に徹する心理カウンセラーのその態度は、クライエント側の私から見れば「ここでは私のやり方に従っていただきます。例外は一切認めません」と言われているような気がして、怖くてカウンセラーの言いなりに、つまり依存的になってしまいそうです(T_T)
傾聴の仕方ガイド本