今回は「境界性パーソナリティと自己愛性パーソナリティの対人依存の特徴の違い〜ドラマ『きみが心に棲みついた』の主人公の心理を例に」の最後に予告した、境界性パーソナリティの特徴の1つとして知られる周囲の人の評価を二分する傾向について、これまで同様ドラマ『きみが心に棲みついた』の主人公の心理に加えて、私自身のプライベートでの経験も元に考察致します。
精神科医療の現場に対立関係を生み出すことで知られる境界性パーソナリティ
以前に紹介した『パーソナリティ障害の診断と治療』によれば、境界性パーソナリティの人は精神科医療の現場において、スタッフの評価を真っ二つにして対立関係を生み出すことが知られているそうです。
精神科のスタッフ(医師や看護師など)は、専門的な知識を有しトレーニングを受けた国家資格有資格者です。
そのような専門家集団が冷静な判断力を失い、治療方針を巡って意見が真っ二つに割れてしまうことから、精神科での治療が必要な重症域の境界性パーソナリティの人は、他人を巻き込む相当な力を持っていることが推測されます。
さらにその巻き込み方には、治療方針を巡る考えを真っ二つに切り裂いてしまうことから推測されますように、相手によって違う作用をもたらす性質のものであることも分かります。
(単なる意見の相違レベルではなく、険悪な関係を作り出すそうです)
この境界性パーソナリティの人の、他人の感情を激しく揺さぶる現象は神秘的ですらあるのですが、それでも要因を想定してみるのが今回の記事の目的です。
ですから今回の内容は一般論とは言い難く、多分に私見に満ちたものであることをお断りさせていただきます。
境界性パーソナリティの人に対する2つの大きく異なる印象
あくまで私見ですが、境界性パーソナリティの人を取り巻く人々の間に、非常に対照的な感情が呼び覚まされるのは、周囲の人がそれぞれ境界性パーソナリティの人に対してまったく別の印象を抱き、それに反応しているからではないかと考えられます。
そしてその側面は主に次の2つに大別できます。
大人としての常識を欠いた未熟さへの嫌悪感
1つめはドラマ『きみが心に棲みついた』の主人公である今日子の様子からも伝わってきますように、大人でありながらも、どこか子供のような未熟な印象を与えることへの反応です。
その印象は具体的には、周囲の人に次のような解釈を生み出すと考えられます。
・感情の起伏が激しい→感情のコントロールができない
・天真爛漫→他人の迷惑を顧みない(自己中心的)、常識の欠如
・批判に非常に弱い→ストレス耐性の欠如
こうした解釈が、境界性パーソナリティの人を、社会人としての常識を著しく欠いた人物とみなし問題視する傾向を生み出しているのではないかと考えられます。
また総じて世間の境界性パーソナリティの人に対する印象が芳しくないことから、大部分の人がこれらに近い印象を抱いているのではないかと推測されます。
純真無垢な子供のような部分への共感
その一方で数としては少数と考えられますが、前述の人々とはまったく異なる反応を示す人々は、否定的な反応を示す人々と同じような点を認知しても、次のようにまったく異なる解釈をしている可能性が考えられます。
・感情の起伏が激しい→感情が豊か
・天真爛漫→子供のような純真な心を忘れていない
・批判に非常に弱い→感情を素直に表現できる
これらの解釈の内容は、いずれも感情や感覚を重視する心理学や芸術的な分野では、むしろ必要な資質とさえ考えられているのではないでしょうか。
境界性パーソナリティの人への反応の違いは、理性重視と感情重視の違いとも言える
このように考えますと、境界性パーソナリティの人に対してネガティブな印象を抱く人は、総じて思考や理性を重んじるタイプの人で、反対に同情したりポジティブな印象を抱く人は感情や感覚に価値を置くタイプの人と考えることもできます。
ドラマ『きみが心に棲みついた』に見られる他者評価の大きなズレ
このような境界性パーソナリティの人の他者評価を二分する傾向は、ドラマ『きみが心に棲みついた』では、3話あたりでの主人公に対する印象が、瀬戸朝香演じるデザイナーと他の同僚との間で一時的に対立したシーンくらいであり、それほど強調されてはいません。
(ただし視聴者の間では相当評価が分かれているようです)
また他者評価の大きな違いは、星名に対する吉崎とムロツヨシさん演じる漫画家の評価にも表れていますが、こちらはサイコパスと想定されている星名の本性を見抜いているか否かの違いと想定されるため、境界性パーソナリティの人とは作用機序が異なると考えられます。
補足)ただし私自身は星名がサイコパスであるとの確信が持てずにいます。
私が経験した境界性パーソナリティの人が生み出す対立構造
そこでドラマとは違い、現実にはどれほど奇妙なことが生じるのかを示す例として、私の経験談をお話致します。
カウンセリングの仕事を始めて間もない頃に、コーチングなど他の心理系の職種の人も含まれた会合に出席していた時のことです。
一人だけ2時間以上も遅刻して来た人がいたのですが、驚いたことにその人は申し訳なさそうな素振りを一切見せず、むしろ自分が遅れて来たのは案内の仕方が悪いからだと攻撃的な態度を露わにしました。
まだ遅刻して来たことを非難される前からです。
注)このような態度も、境界性パーソナリティの人に特徴的な専守防衛の態度として知られていますが、それについては別の機会に詳述致します。
それを聞いた私は、遅れて来ておいていきなり怒り出すなんて、何て身勝手な人なんだと思いましたが、驚いたことに進行役の人がその人の言い分を当然のように聞き入れ謝罪しました。
他の人は間違えず時間通り来ているのですから、案内の仕方に特に問題があったわけではないにもかかわらずです。
続いてその人は力関係で優位に立ったことを確信したのか、会合のテーマとはまったく関係のない話を持ち出し、そのことで別の参加者の人を一方的に罵倒し始めましたが、驚いたことにそれについても見解(反応)が分かれました。
ですから人前で罵倒され続けているその人が気の毒でなりませんでした。
(ちなみに、そのターゲットにされた方の普段の評判は決して悪いものではありません)
さらにその会合では企画を発表する場が設けられ、私もそのプレゼンターの一人でしたが、周到な準備をして臨んだつもりの私の案は細かい点までチェックされ結果不採用となったのに対して、遅刻して来た人の案は「こんなことをしてみたい」という大雑把な内容を数十秒話しただけで、あとは自分は忙しいので他の人に考えて欲しいという(私から見れば、いい加減な内容や態度の)ものでしたが、その案は二つ返事で採用されました。
以上の話は私から見たものですので、客観的と言えるものではありません。
しかし突然周囲の人の間に対立関係を生み出すという不思議な現象の具体例として提示させていただきました。
ここに集まっていた人々は、普段から対立しているような間柄では全然なかったのですから。
以上のように境界性パーソナリティの人が作り出す人間関係の対立構造は神秘に満ちているため、精神分析の文献には作用機序に関する仮説は提示せずに、単に心の中のスプリッティング(分裂)を外の世界にも作り出す人と記述されていることがほとんどです。
境界性パーソナリティの心理 引用・参考文献
ナンシー・マックウィリアムズ著『パーソナリティ障害の診断と治療』、創元社、2005年
G.O. ギャバード著『精神力動的精神医学 第5版―その臨床実践』、岩崎学術出版社、2019年