前回の記事では、TBSで放送中のドラマ『きみが心に棲みついた』の主人公の様子が、境界性パーソナリティの心理を非常に巧みに表していることと、その特徴の1つとしてスプリッティングと呼ばれる防衛機制の働きについて述べました。
予定では今回は境界性パーソナリティの別の特徴について触れる予定でしたが、その前にスプリッティングの作用がもたらす深刻さを十分に記述できていなかったため、今回はその点について補足的な記事を書きます。
前回の記事でも指摘しましたように、境界性パーソナリティの人は、例えば何かをしたい気持ちと、それをしてはいけない状況というような対立する内容が心の中に生じた際に、その葛藤に耐えられないため2つを内容を心の中で完全に切り離し、さらにその片方だけを意識することでストレス状態を解消する傾向があります。
思考や感情が断片的に生じるため、総合的な判断ができない
この思考や感情の片方だけが意識される、言葉を変えれば片方しか意識できないという状態は、境界性パーソナリティの人を一時的にはストレスから救うことにはなっても、中長期的には大変な不利益をもたらします。
なぜならスプリッティングの作用のために、様々な事柄を関連づけて考えることが困難なため、その時々に思い浮かんできた、それも部分的な思考や感情のみによって行動せざるを得なくなってしまうためです。
このような状態を精神分析家のトーマス・オグデンは「歴史なき」と表現しました。
この表現は、ある瞬間に生じた思考や感情が、その直前に生じていた思考や感情と何ら関連性がなく、瞬間瞬間の断片的な自己が存在するだけの状態を言い表しています。
スプリッティングによる自己の断片化の具体的な表れ
続いて、このスプリッティングの作用がもたらす自己の断片化の具体的な現れについての説明に移ります。
先ほど境界性パーソナリティの人が耐えられない葛藤について説明致しましたが、その葛藤は「欲求」と「その欲求と相容れない要因」との対立と一般化することができます。
そしてスプリッティングの作用はこのいずれか一方を意識の外に追いやることですから、2つのパターンが存在することになります。
スプリッティングの作用のパターンその1〜衝動的な行動
スプリッティングが作用するパターンの1つめは、欲求と相容れない要因が無意識化されるケースです。
この場合、境界性パーソナリティの人の心の中は欲求のみとなります。つまりそれを阻むものが何もない状態です。
その結果、欲求の赴くままに様々なことが衝動的に行われることになります。
この衝動性が境界性パーソナリティへのネガティブな印象を生み出す最も大きな要因と考えられます。
また、それだけでなく、その衝動的な行動が意図的なものと誤解されることで、悪意に満ちたものと解釈されることにもなってしまいます。
このパターンは『きみが心に棲みついた』では、主人公の今日子の、相手への迷惑のことなどまったく考えず欲求の赴くままの行動に、桐谷健太さん演じる吉崎が幾度となく振り回されることに典型的に表れています。
スプリッティングの作用のパターンその2〜絶対服従
スプリッティングが作用するパターンの2つめは、欲求が無意識化されてしまうケースです。
この場合は他人や社会からの要求のみで心が満たされてしまい、その要求に抵抗することができなくなってしまいます。
(「したくない」「嫌」というのも欲求の1つです)
その結果、絶対服従とも言える、完全に相手の言いなりになってしまう状態となります。
『きみが心に棲みついた』では、このパターンは主人公が元彼の星名からの無理難題に対してほとんど無力でいつも言いなりになってしまっている点に典型的に表れています。
ただし主人公は比較的健全な境界性パーソナリティと想定されるため、嫌という気持ちに多少気づけていますが、境界性パーソナリティ障害の診断基準を満たすほど重症の方は、その自覚すら難しいと考えられます。
このように境界性パーソナリティの人は、自己愛性パーソナリティの人と共通に有する承認欲求の強さや他人から嫌われることへの恐れに加えて、嫌という気持ちさえ感じられなくなることで、自己愛性パーソナリティの人以上に容易に他人からの支配を受けてしまう傾向があります。
以上、今回の記事では『きみが心に棲みついた』の主人公の今日子を行動を例に、境界性パーソナリティの人の心に頻繁に生じるスプリッティングの作用の具体例を、欲求とそれに相反する要因の2つの無意識化によってパターン別に考察しました。
次回はいよいよ前回の記事の最後で告知した、自己愛性パーソナリティの人の心に生じているスプリッティング以外の事柄について考察する予定です。
境界性パーソナリティの心理 参考文献
ナンシー・マックウィリアムズ著『パーソナリティ障害の診断と治療』、創元社、2005年
G.O. ギャバード著『精神力動的精神医学 第5版―その臨床実践』、岩崎学術出版社、2019年
トーマス・H. オグデン著『「あいだ」の空間―精神分析の第三主体』、新評論 、1996年