ナンシー・マックウィリアムズ著『パーソナリティ障害の診断と治療』

新型コロナウイルスの特性に反して、特定の職種からの感染のみを極度に恐れる心理の考察

新型コロナウイルスについては、一部の職種の人からの感染のみを極度に恐れる心理と同時に、感染リスクをまるで気にしていないかのような振る舞いも多く見受けられます。
1ページ目ではその矛盾した状況を私なりに整理してみました。

このページでは、このような矛盾した心理が一人の人間の中に生じる要因として、スプリッティングと呼ばれる精神分析の仮説を紹介致いたします。

2ページ目目次:
スプリッティングという防衛機制
スプリッティングを用いる目的
物事を極度に単純化して捉える
スプリッティングは必然的に「投影」を伴う

スプリッティングという防衛機制

1ページ目にも示しましたように、新型コロナウイルスの感染リスクについては、特定の人々に対しては近づいただけで感染するかもしれないとの強い不安を抱く一方で、別の人々との間ではその心配は皆無であるかのような振る舞いが見られるなどの矛盾が見られます。

こうした相矛盾する心理の存在を説明する仮説の1つに、スプリッティングという防衛機制があります。

防衛機制とは精神分析で想定されている心の働きで、堪えがたいほどの深刻なストレスから心を守るために半ば自動的に働くものと想定されています。
このため本人も気づかない無意識の心理的作用と考えられています。

その1つがスプリッティングで、日本語では分裂あるいは分離と訳されています。
この防衛機制の特徴は、自分の心や外の世界を完全に良いものと悪いものとに二分してしまうという非常に極端なものです。

スプリッティングを用いる目的

スプリッティングを用いる目的は、自分の心や周囲の環境を良いものだけで満たし、悪いものはすべて排除してしまうことで安心感を得るというものです。

またその悪いものの排除の仕方は、極端な場合、心の領域については一切意識されなくなる、外部環境についてはこの世から消し去るという形が取られます。
このため心が真っ二つに分断されると同時に、悪いものと見なされた他者に対する非常に強い攻撃性を伴うことがこの防衛機制の特徴です。

細く) ただし、その後の価値観の変化に呼応して、現在は心地良く感じる要素と不快に感じる要素とに二分と、適用範囲が拡張されているようです。

物事を極度に単純化して捉える

さらにこのスプリッティングの好ましくない点は、認知を著しく歪めてしまうことです。

この防衛機制はすべてを良いものと悪いものとに二分してしまうため、例えばAさんは完璧な人格を備えた素晴らしい人と理想化される反面、Bさんは極めて危険で邪悪な存在というように、あらゆる事柄を非常に単純化してしまいます。

しかし実際はAさんやBさんのような極端な人は存在せず、誰もが社会通念に照らして好ましい面とそうではない面とを兼ね備えているのですが、スプリッティングが働いているとこのような認識ができなくなってしまいます。

スプリッティングは必然的に「投影」を伴う

したがってスプリッティングが生じている心の中では、同時に投影と呼ばれている防衛機制も働いていることが予想されます。

投影とは自分の心の中で思ったこと(=空想)を、現実もその通りになっていると錯覚する心理です。
例えばCさんに対してあるきっかけからネガティヴな感情を抱いた際、心の中でCに対していろいろとネガティヴな想像をしているうちに、Cさんが本当にそのような人に思えてくるという形をとります。

おそらくこの有様が、まるで心の内容を外の世界に映写機で映し出しているかのようであることから、投影と名づけられたのではないかと考えられます。

そしてこのような投影の、特定の印象を強化する作用を通じて、スプリッティングの二分化した心や世界が作り出されていくのではないかと考えられます。

次のページでは今回紹介したスプリッティングの働きを元に、1ページ目で取り上げた新型コロナウイルスの感染リスクに関する矛盾した態度を考察します。

参考文献

ナンシー・マックウィリアムズ著『パーソナリティ障害の診断と治療』、創元社、2005年

ナンシー・マックウィリアムズ著『パーソナリティ障害の診断と治療』
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