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子どもの虐待防止には「評価」や「コントロール」する代わりに「関心」を持つことが効果的

子どもを虐待してしまう親の心理的な要因やその防止策について考察する記事。
1ページ目では、以前に私が親戚の小学生の子どもと接した時の様子と比較する形で、虐待が生じる一因として、子どもが常に親の評価に晒されているような家庭環境を想定し、それに変えて関心を持つことの大切さについて述べました。

続くこのページでは、評価以上に子育てにとって有害かつ虐待の直接的な要因になると考えられるコントロールについて考察します。

2ページ目目次:
親による子どものコントロールは無自覚な場合が多い
コントロール欲求の多くは「規範に完璧に従わねばならない」という強迫観念から生じている
完璧な子育ての方法が確立されているわけではない
特定の育児法に固執するのではなく、むしろ臨機応変さが大切

親による子どものコントロールは無自覚な場合が多い

子育てにおけるコントロールとは、子どもを支配することに加えて、親が子どもを望み通りの人間に育てるために、子どもの意思を無視して様々な制約を課すことも指します。
しかし虐待の有無にかかわらず子どもをコントロールする親には、その自覚がないことが少なくありません。

また「望み通りの人間に育てる」とは、そのような意思が存在することを意味しますが、この点についてもやはり無自覚なケースが多いようです。

したがって子どもをコントロールする親の多くは、一般的に連想される高圧的なイメージには程遠い人が少なくありません。

コントロール欲求の多くは「規範に完璧に従わねばならない」という強迫観念から生じている

そしてこの親による子どもの無自覚なコントロールを生み出す主たる要因と想定されるのが、
「規範に完璧に従わねばならない」という強迫観念です。

具体的には、子育てに関してメディアや専門家などから発せられる情報をタスクのように捉え、少しでもその通りに実行できないと子どもの心身に深刻な悪影響が出たり、あるいは自分が親として失格者になってしまうことを恐れるあまり、完璧な子育てをすることに囚われてしまう状態です。

したがって子どもの虐待とは、1ページ目で示したようなストレスが高じて子供にその怒りをぶつけてしまうケースばかりでなく、子どもに悪影響が及ばないように、自分が正しいと信じる育児法に必死に従わせる形で生じているケースもあるのではないかと考えられます。

完璧な子育ての方法が確立されているわけではない

ところがこの育児法に関しては、実は専門家の間でも「これがベスト」と言えるような完璧な方法が確立されているわけではなく、このため例えば大型書店へ行くと様々なアプローチの本が並んでいるというのが実情です。

その大きな要因は人間の心のあまりの複雑さや多様性にあると考えられます。しばしば科学の分野では「宇宙と心は最後に残されたブラックボックス」ということが言われますが、これは両分野には他分野と比べて未知数の部分が遥かに多いことを示しています。

さらにこの心の複雑さには、相互作用の複雑さも含まれています。これは大人だけでなく生まれたばかりの赤ちゃんでさえ、赤ちゃんなりの方法で周囲の環境との間で積極的にコミュニケーションを取っていることが、1980年代あたりから次々と明らかになってきているためです。

またこれらに加えて、理想的な人間像というもの自体が一様ではなく、なおかつその理想像がその人に幸福感をもたらすとは限らないなど、個々人の好みの問題も絡んでくるため、正しい子育ての方法というものがますます特定しづらくなってしまうという事情もあります。

おそらく子育てに関わる専門家の間でも複数の理想的な人間像が存在するため、それに適った育児法も当然複数存在することになるのでしょう。

特定の育児法に固執するのではなく、むしろ臨機応変さが大切

以上のような事情が存在するため、例えばNHKの「すくすく子育て」のような育児の情報番組に登場する発達心理の専門家の方々からは、会場の親御さんへのアドバイスとして「子どもの様子をよく観察し、その都度臨機応変に対応する」ことがよく推奨されています。

これは子育てにおいて大切なのは、特定の育児法を完璧にこなすことではなく、むしろそれらの知識は参考程度にして、その場で考え試してみることであることを示唆していると考えられます。

またこのようなアドバイスがなされる理由としては、例えば前者のような態度では「自分が育児を正しくできているか」ということばかりに意識が向いてしまい、肝心の子どもへの関心が疎かになってしまうことが挙げられます。
と同時に、子どものニーズに合わせた関わりも難しくなるため、結果的に外部から取り入れた価値観を一方的に押し付ける形にもなってしまいます。

もっとも臨機応変な対応が困難だからこそ「間違いのない子育ての方法」が求められているのでしょうが、このような欲求は専門知識の不足よりも、むしろ主体性の乏しさに起因する自信のなさから生じている部分が大きいのではないかと考えられます。
次のページではその点について詳しく説明する予定です。

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