今回の内容は前回の「私説:支援が難しいDV・ストーカー被害者の方の心理その1~共依存の傾向とその対応」の続編として、支援が難しいDV・ストーカー被害者の方の心理の別ケースです。
前回の内容は特殊なケースと言えるものですが、今回取り上げる心理は日本人ならよほど意志が強い人でもない限り、むしろその傾向を強く有していると考えられるものです。
ですから、それだけ注意が必要な内容と言えます。
支援が難しいDV・ストーカー被害者の方の心理の特徴
相手がDVやストーカーの加害者であっても、その人の機嫌を損ねることを恐れる
支援が難しいDV・ストーカー被害者の方の特徴の2つめは、相手がDVやストーカーの加害者であり度々危険な目に遭っていてもなお、その相手の機嫌を損ねることを恐れていらっしゃるケースです。
その理由は、逆らえばもっと酷い目に遭わされることを恐れていらっしゃるからです。
しかし逆らわずにいさえすれば安全が守られるかと言えば全然そんなことはなく、実際は些細なことにも腹を立てる加害者からの精神的・身体的な暴力を受けることになります。
それでも加害者の元を離れられないのは前述のとおり、そんなことをすればもっと酷い目に遭わされると思っていらっしゃるためです。
またこの「もっと酷い目に遭わされるに違いない」との信念は非常に強いもののため、例えばシェルターなどの避難場所を提供されても、そこも必ず見つけ出されて連れ戻されるに違いないとの不安から、それらも利用されることはありません。
また警察への相談も、同様の不安から躊躇されることが多いようです。
加害者の合意に基づく円満な別れを期待
では、このような方は何を期待しているのでしょうか?
それは加害者の方との円満な、より具体的には合意の上での別れです。
しかし相手がそれには決して応じようとはしないため、どのように対処したら相手が別れに快く応じてくれるようになるのか、その方法を教えて欲しいというのがこのタイプの方々の典型的な相談内容です。
ですから別れたいと思っていらっしゃる点では前回の記事のケースの方とは異なりますが、加害者の心変わりを期待している点では同じと言えます。
ストーカーの加害者はむしろ被害者を社会から遠ざけ、二人だけの世界を作り出そうとする
ですが特にストーカーのケースの場合は、先日のNHK「ハートネットTV」に登場した加害者の証言にもありましたように、典型的には私だけを愛して欲しいとの強い想いを抱き、そのため別れるどころか、むしろ被害者の方を社会から遠ざけ二人だけの世界の構築を試みます。
ちなみに、このストーカーの加害者の心理は一般的には支配欲求の強さの表れと解釈されることが多いようですが、私は少しでも他人と親しげにしているのを見ると「いじめの背後に働く羨望の存在~自己愛講座30」に書いたような羨望に苦しめられるため、その苦痛から逃れるための防衛手段の意味合いの方が強いのではないかと考えています。
ストーカーの感じる愛情は母子関係の愛着に近い
このストーカーの加害者の感覚は大人が抱く恋愛とは大きく異なり、むしろ小さな子供が母親といつも一緒にいることで安心感を得る愛着に近いもののように思えます。
また羨望の感覚も同じく小さな子供が弟や妹ができたことで母親の愛情を独り占めできなくなった時の辛さに匹敵するものと想定されます。
ですからその辛い羨望を招くような状態への移行を加害者が許すわけもなく、残念ながら被害者の方の円満な別れという期待が実現する可能性は非常に低いと言わざるを得ません。
DVの加害者の視点からは、被害者との関係はストレス発散の場
またDVのケースでも、その加害者は普段は温厚な人が多く、むしろ温厚過ぎることでストレスを溜めこみ、それを発散しやすい被害者の方で発散しているという側面がありますので、そのような役割を担っている人との関係を手放すはずがありません。
ですからストーカーの心理とは異なってはいても、結果的には円満な別れは期待できないことになります。
以上のようにDV・ストーカーの両ケースとも加害者との間の円満な別れへの合意は困難であり、しかしこれらの事情を伝えても被害者の望みが変化しないことが支援を難しくしています。
ですので次にどのような情報によっても変わることのない被害者の方の報復を恐れる信念に考察の対象を移します。
DV・ストーカー被害者が加害者の報復を恐れ身動きが取れなくなる2つの要因
円満な別れへの期待に限らず、身の危険を感じてもその関係から離れようとしない人に対して一般的によく用いられる説明は、恐怖心によって正常な判断ができなくなっているというものです。
ですがこの説明では、同じ状況に陥っても身を守ることができる人との違いを説明できず、また解釈が漠然としているため、そこから解決策を見出すこともできません。
ですから私なりの推測を2つ提示します。
加害者の力の万能視+自身の無力感
DV・ストーカーの被害者の方が加害者の報復を恐れるあまり身動きが取れなくなる要因の1つめは加害者の力の万能視と、それに対するご自身の力の評価の低さです。
その気になれば不可能なことなどないと言えるほど加害者の力を万能視しているため、周囲の人がどんなに力を貸してくれても適うはずがない、だから相手の心変わりを願うしか道はないというお考えなのではないかと思われます。
対立関係への極度の苦手意識
2つめの要因は対立関係への極度の苦手意識です。
もし被害者の方が相手の気分をほんの少しでも害することを恐れるような人であれば、それを避けるために自分の意志を押し殺して相手の言い分をすべて聞き入れ、その場の対立を極力避ける態度を取る傾向が生じるでしょう。
これでは別れを切り出しても相手からノーと言われれば、それでもう打つ手なしと諦めるしかなくなってしまいます。
対立を極力避けたがる日本人は要注意
冒頭で今回の記事を要注意としたのは、この2つめの要因についてのものです。
私自身もその一人ですが、日本には他人との対立を極力回避したいとの願いから、その場を取り繕うことに注力し後々不利益を被ってしまうような人が非常に多いように思えます。
DVやストーカーの加害者はターゲットを選んでいる
既述部分で少し触れましたが、DVやストーカーの加害者のほとんどは普段は温厚で、むしろ小心者と言えるほど臆病な人々が多いと推測されます。
ただし自己愛的な性格ゆえ内面は誇大感でいっぱいで、普段は怖くてそれを出せないだけです。
そしてそのような誇大的かつ臆病な人がDVやストーカーのターゲットに選ぶのは、ある面において自分よりもさらに精神的に弱い部分を持っているように感じられる人で、そうした人に出会い大丈夫そうだと思えると、それまで我慢して封印していた誇大感が一気に溢れ出ることになり、その表れの一部がDV・ストーカー行為なのではないかと考えられます。
このような二面性を持っている加害者にとって、前述の常にその場の対立を極力避けるように動機づけられているような人がいれば、自分が切望する(その自覚はありませんが)小さな子供が母親の愛情を独り占めするかのような関係を結べると期待することでしょう。
非常事態では通常とは異なる人間関係のスキルが必要となる
以上のような考察理由から、今回のケースに該当するような相談者の方には、次の2点をお伝えするようにしています。
・非常事態では通常とは異なる人間関係のスキルが必要となる。その際は通常なら冷たいと思われるような態度を取る必要もある(嫌な人と思われることを気にしていられるような状況ではない)
・ご自身が変わらなければ、これからも同じような人々の関心を惹きつけてしまう