要約:今日の子どもにも妥当性が認められるアーノルド・ゲゼルの「子どもの心は半年ないし1年ごとに大きく変化する」との発達周期説は、養育者を過度な不安から開放するなどしてメンタルを安定させ、それが子どもにも好影響を与えることが期待できる。
以前に紹介したディー・C・レイ編著『セラピストのための子どもの発達ガイドブック』には、子育てや児童の支援業務に従事する人に役立つ情報が多数掲載されています。
今回はその中から、子どもの心は安定期と不安定期を交互に繰り返しながら発達していく点を取り上げます。
アーノルド・ゲゼルの発達周期説
『セラピストのための子どもの発達ガイドブック』の最初の章に、アーノルド・ゲゼル(Arnold Gesell)の提唱した発達モデルが掲載されています。
ゲゼルは子どもの発達に関する観察を広範囲に行なった、最も初期の心理学者の一人です。
彼の説によれば2歳から6歳半までの子どもは半年周期で、7歳から16歳の子どもは1年周期で性格的な要素が大きく変化する傾向があります。
具体的にはゲゼルが均衡と名づけた「穏やかで従順で自信がある」安定期と、不均衡と呼ばれる「かんしゃくを起こしやすく、怖がりで自分のことに集中している」不安定な時期とを交互に繰り返すというものです。
ゲゼルの発達周期説は今から70年以上も前に提唱されたものですが、彼の説はその後のゲゼル研究所の調査により、現在の子どもの発達過程にも当てはまることが確認されています。
子どもの心は一直線に発達していくわけではない
私たちは(子どもの)発達と聞くと、身体だけでなく精神面においても年齢に比例して進行するイメージを抱きがちです。
しかし実際は上述のゲゼルの発達周期説に見られるように、心がおおむね安定し順調に成長しているように思える時期と、非常に不安定で以前より幼くなってしまったように思える時期とを交互に繰り返しながら大人の心へと成長していくようです。
なお子どもの心の発達が不安定な時期を交えながら進行していく要因は、同書の内容から察するに、身体のそれぞれの組織やそれらに基づく機能の発達があまりに早いため、しばしばバランスが崩れ、それがメンタル面にも悪影響を及ぼすためと考えられます。
あるときを境に泣き叫ばなくなった男の子
このゲゼルの発達周期説の正しさを裏づけるような出来事を、過去に経験したことがあります。
今から10年ほど前のことですが、当時住んでいたマンションの隣の部屋に、あるとき就学前の年頃の男の子がいるご夫婦が引っ越してきました。
するとやがて毎日のように、その男の子が大声で泣き叫ぶ頃が聞こえてくるようになりました。しかも一度泣き出すと簡単には治らないらしく、その鳴き声は何十分も続くことが常でした。
こうした状態が1ヶ月くらいは続いたため、ご両親はさぞかし大変な思いをされているだろうと思うとともに、この先この子は大丈夫なのだろうかと心配にもなりました。
ところがあるときを境に、この男の子の泣き声がまったくと言って良いほど聞こえなくなったのです。
当時はそのことが不思議でなりませんでしたが、ゲゼルの発達周期説の存在を知った今は、ちょうど周期の変わり目だったのだろうと腑に落ちます。
補足) ただしある日を境に急に不安定期から安定期へと移行するとは考えづらいため、このメンタルの変化もある程度の日数を経て生じるのではないかと考えられます。
ゲゼルの発達周期説を知れば子育ての不安が軽減する
最後に今回紹介したゲゼルの発達周期説について、個人的に感じた子育てなどにおけるメリットについて触れます。
前述の男の子のエピソードを例にとれば、もし子どもの心が周期的に大きく変化することを知らなければ、私が感じたようなその子の将来に対する不安が日に日に増して、やがて絶望的な気持ちになってしまうかもしれません。
また安定期から不安定期への移行の際にも、発達周期の存在を知らなければ、子どもの心が急に不安定になった原因をあれこれ詮索する必要に迫られることになるでしょう。
補足) こうした悪循環に陥ってしまう要因の一つとして、現代人の心が「物事を原因とその結果として理解する」因果律に支配されていることが考えられます。
しかし子どもの心が周期的に変化するものであることをあらかじめ知っていれば、不安定な状態が続いたり、あるいは急にその状態が訪れたとしても半年(年齢によっては1年)も経てば改善する可能性が高いわけですから、養育者に気持ちの余裕が生まれることが期待できます。
養育者のメンタルの状態は子どもの心に多大な影響を与える
今回援用した『セラピストのための子どもの発達ガイドブック』では、親をはじめとした養育者のメンタルの状態は子どもの心に多大な影響を与えることが示唆されており、同書で紹介されている複数のプレイセラピーでも、子どもとのセッションだけでなく、必要に応じて親のカウンセリングを組み入れることが推奨されています。
このため子どもの将来に対して過度に悲観的にならずに済む情報を与えてくれるゲゼルの発達周期説は、養育者のみならず子どものメンタルにもプラスの効果をもたらすと考えられます。
おそらく発達障害の子どもには当てはまらない
なお『セラピストのための子どもの発達ガイドブック』には発達障害に関する記述がごくわずかで、ゲゼルの発達周期説の説明部分にも発達障害の記述は見当たりません。
したがってあくまで推測ですが、ゲゼルの説が当てはまるのは定型発達と呼ばれる正常な発達ラインの範囲内に収まる子どもであり、発達障害の子どもには当てはまらない可能性が高いのではないかと考えられます。
参考・引用文献
ディー・C・レイ編著、小川裕美子、湯野貴子監訳『セラピストのための子どもの発達ガイドブック:0歳から12歳まで 年齢別の理解と心理的アプローチ』、誠信書房、2021年