今回の自己愛講座は、家庭内に自己愛的な心理が蔓延しているような家族の状態について記述します。
こうした家族はしばしば自己愛家族と称されます。
以前に「自己中心的(自己中心性)のもう1つの意味〜何でも自分の評価に結びつけて解釈する:精神病・パーソナリティ障害水準の病理の特徴」という記事で、カフェで見かけた親子を例に、邪推を働かせてまで物事を何でも自分の評価に結びつけて解釈する人の心理について解説しました。
そしてこのような心理は自己中心的(自己中心性)と呼ばれ、病態水準(精神疾患の重症度)を推し量る1つの指標とみなされているとも書きました。
ところがこの自己中心的な心性は、常に自己愛的な心理が蔓延しているような自己愛家族の元で育つことで形成されやすいことが指摘されています。
以下で、この点について考察していきます。
臨床心理の分野では、自己愛的な性格構造の形成には、家庭環境の影響が大きいとの考え方が主流
自己愛講座1で触れましたように、自己愛的な人は他人からの肯定的な評価による自尊感情の維持に心を奪われ、なおかつ自己愛講座33で指摘しましたように、常に自分と他人とを比較し、その優劣に心を奪われているという特徴をも有しています。
こうした自己愛的な心理の形成要因に対しては、フロイトの理論の流れを汲む自我心理学のように、気質(生まれ持った性格傾向)を強調する考え方も存在しなくもありません。
しかし今日の臨床心理では、コフートの自己心理学などで想定されている外部環境、より具体的には親との関わりを典型とする生まれ育った(家庭)環境の影響が大きいとの考え方が優勢です。
親の人間関係に関する信念を子どもが雛形として受け継ぐことで、自己愛の心理が連鎖していく
この後者の「自己愛的な性格構造は家庭環境によりもたらされる」との見解で想定されている作用機序は、幼少期の親との人間関係のあり方がそのまま雛形として機能し、その人にとっての常識となるというものです。
したがってこの想定からすれば、親の人間関係に関する信念を子どもがそっくり真似るかように引き継ぐこととなり、これが自己愛は連鎖すると言われる所以です。
頻繁に経験されることに対しては、学習効果がより強く働く
またこうした連鎖が生じるのは、子どもの側にたとえ真似る意図がなかったとしても、頻繁に経験されることに対しては学習効果がより強く働くため常識化しやすいからではないかと考えられます。
さらにここでの学習効果は、心地よいことばかりでなく不快な事柄に関しても生じることが想定されており、この作用が後々生じる不快なことを止めることができなかったり、あるいは自ら不快な状況に身を置いたりと言ったような矛盾した行動パターンを生み出すのではないかと考えられます。
意に反する行動パターンを説明する2つの仮説
ホメオスタシス(恒常性)
なおこのような意に反した行動パターンを説明する仮説として、ホメオスタシスという概念があります。
恒常性と訳されるこの概念は、元々は自然科学の分野で用いられていたもので、生物や鉱物が内部環境を一定の状態に保ちつづけようとする傾向のことを指します。
ですがこれと同じような働きが人間の心にも存在するのではないかとの考えが出てきたという経緯があります。
内的作業モデル
もう1つの有力な仮説は、発達心理学における内的作業モデルという概念です。
この概念は、人間の心には、これまでの人生経験の中で培われた表象モデルと呼ばれる一連の信念体系や反応パターンのようなものが存在するため、過去と似た状況に直面すると即座にそれが活性化して同じような思考・行動パターンを取る強い傾向があることを示唆したものです。
この表象モデルは日々の生活の中で徐々に形成されていくものですから、不変ではなく、むしろ変化していくことが予想されますが、その変化は非常に微々たるものと考えられています。
なぜなら例えばこれまでの人生の中で似たような事柄を100回経験して来た人が新たに同じような経験をした場合、その新たな経験の影響度は単純計算で100分の1に過ぎないためです。
この内的作業モデルの考え方に従えば、より多く経験した事柄ほど、その人の信念体系に大きな影響を及ぼすことになります。
こうして自己愛的な親や家族・親族の元で育った子どもは、知らず知らずのうちにその影響を強く受けて、同じように自己愛的な考え方を身につけて行ってしまうのではないかと考えられます。
ですから自己愛の連鎖が自然に断ち切られるということはまず考えられず、したがってそのためには個々人が努力して自らの心の内を変えていくしかないわけですが、その試みもしばしば年単位の時間を要するのも、内的作業モデルの想定を考えれば当然と言えます。
たった1回の新たな経験が心に与える影響度は非常に小さいわけですから。