前回の「対象関係論の想定する健全な心の状態~抑うつポジション」に引き続き、対象関係論について書かせていただきます。
今回の内容は紹介の順序が逆になってしまいましたが、対象関係論で扱う対象関係についてです。
ですがこれは心理職、特に私のような個人開業のカウンセラーにとって、とても重要な概念です。
「対人関係」と「対象関係」との違い
対象関係論で扱う「対象関係」とはObject relationsの訳語ですが、これは対人関係とは異なるものです。
対人関係とは自分と他人との関係を示す用語であるに対して、対象関係とは心の中の対象との関係を示す用語です。
この説明では分かりづらいでしょうから例を挙げます。
例えばAさんという知人がいたとして、そのAさんと会っている時などに生じるリアルな関係が対人関係です。
それに対してAさんのことを思い浮かべた時に、そのAさんのイメージの性質によって嬉しくなったり、あるいは腹が立ってきたりなどと心がその影響を受けて変化しますが、このような心の中のイメージ(=対象)との関係が対象関係です。
つまり現実の人間との関係か、その人のイメージとの関係なのかの違いです。
注)ただし実際の人間関係では、このどちらとも言い難いグレーゾーンの関係が存在します。
このことについては別の機会に詳述します。
人間関係の悩みのカウンセリングで直接扱えるのは対人関係ではなく「対象関係」
この区別がなぜ心理職の方にとって重要なのか、それは人間関係の悩みのカウンセリングで直接扱えるのは対人関係ではなく「対象関係」であるためです。
カウンセリングには様々な悩みが寄せられますが、相談内容の中に他人が一切登場しないことは滅多にありません。
その意味でカウンセリングに訪れる方は何らかの人間関係の悩みも抱えていらっしゃると言えます。
そしてこれまでの話からお分かりのように、相手の方がその場に居らっしゃらない限り、そこで語られる話はすべて心の中の相手の方のイメージを元にしている、つまり対象関係に関するものであるということです。
カウンセリングで直接改善するのも対象関係のみ
このことからカウンセリングが功を奏して相談者の方の人間関係の悩みが解消したとしても、それは相手の方のイメージとの関係(=対象関係)の話であり、その場にいない相手の方との対人関係までもが改善したわけではありません。
つまり問題解決はまだ道半ばであり、相談者の方がカウンセリングの中で見出された解決策を相手の方との間で実際に試してみて、あるいは対象関係が改善したことで無意識に相手の方と接する態度が肯定的に変化して初めて、対人関係にも改善が期待できることになります。
このように、どんなに頑張ってもカウンセリングで直接改善することが可能なのは対象関係のみなのです。
補足1)この点はカウンセリング以外の場面でもまったく同じです。
その場にいない人のことを幾ら話し合っても、そのこと自体が相手の方との関係改善をもたらすわけではありません。
補足2)また冒頭で、特に個人開業のカウンセラーにとって重要と記したのは、組織で働いているような心理職の人と違い、相談者の方の周囲の環境に働きかけるのが非常に難しいためです。
(国家資格の医師や精神保健福祉士などとは異なり、民間資格のカウンセラーの要請には何ら強制力はありません)
対象関係が生じる対象には自己イメージも含まれる
また対象関係が生じる対象は他人だけとは限らず、自己イメージも含まれます。
例えば「自分は何をやってもダメな人間だ」と思っているときに思い浮かべている自分のイメージなどです。
カウンセリングの目標は自他のイメージとの対象関係の肯定的な変化
このことからカウンセリングの目標は、自他のイメージとの対象関係の肯定的な変化と定義することも可能です。
ですから対象関係について理解することは、とても大事なことなのです。
それを蔑にしてしまっては、私たちカウンセラーにできることは、ほとんど何もないと言っても過言ではないのですから。
追伸)このことは癒しについても同様です。
カウンセラーとの間の心地良い関係それ自体は対人関係です。
ですがそうした関係を築くのも、やがてはそのカウンセラーのような受容的な心が相談者の方に育まれ(内在化され)、そうして生まれた自己イメージとの間の良好な対象関係を築くためなのではないでしょうか。
対象関係論 参考文献
松木邦裕著『対象関係論を学ぶ-クライン派精神分析入門』、岩崎学術出版社、1996年
※日本における対象関係論の第一人者の手による入門書で、私の知る限り精神分析の知識を必要としない唯一の解説本です。