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傾聴が生まれた背景~子どもをあまりに理想視するロジャーズの人間観

傾聴は徹底的に叩き込まれても、ロジャーズの理論そのものについては、ほとんど教えられていない

今回はカール・ロジャーズの話です。
ロジャーズは日本ではカウンセリングの神様と称されるほど評価の高い心理療法家で、彼の提唱した傾聴(非指示的療法)はカウンセリングの基本であるとして多くの研修機関において必須とされ、またその研修を受けたカウンセラーによって実践されています。
おそらく日本のカウンセラーの大多数がロジャーズ派と言っても過言ではないでしょう。

ところが傾聴についてはカウンセリングの基本中の基本だからとして徹底的に叩き込まれても、その提唱者であるロジャーズの思想については通常ほとんど教わることはありません。

例えば、なぜ傾聴するのかについての説明として私が覚えているのは、そうすることでクライエントは自分のことを深く理解してもらえたと感じ、そのことで自己不一致の状態から脱して自己一致の状態を取り戻し、その結果自己治癒力が高まり自ずと解決策を見出す、だから傾聴に徹して他の余計なことは一切してはならないということくらいです。

しかし開業後、本などからロジャーズの思想に触れるようになるにつれ、彼がなぜ(少なくても当初は)傾聴にこだわっていたのかが私なりに理解できるようになりました。
今回はその点について書かせていただきます。

「真実の自己」になることがセラピーの成功

マイケル・カーン著『セラピストとクライエント』の中に、次のような記述があります。

クライエントは真実の自分でいるのでは受け入れられないと、これまで巧みに教え込まれてきたゆえに問題を抱えているのだ、
(中略)
セラピストが注意深く耳を傾けるにつれ、クライエントは徐々に自分自身がありのままでよいのだと分かるようになる。真実の自己になるのが人生の目的であるゆえに、セラピストからクライエントに差し出せる最高の価値がなぜ自己受容であると見なしていたか、これは実に分かりやすいであろう。(P.61)

これは既述の「自己一致-自己不一致」に関する説明です。
人間は様々な人生経験から自己不一致を強いられ、それゆえ自己一致した状態を取り戻すのがセラピーの目的であると想定されています。

この説明に関しては「自己不一致」をもたらす有害な環境の働きかけが、どのようなものと想定されているのかが気になりますが、それを示唆する記述がロジャーズ自身の著書にありました。

子どもを心理的に完全な存在と考えていたロジャーズ

「個人に対する尊重」
有能な心理療法家の第二の資質は、子どもの完全性を真に尊重することである。子どもが自分自身で選択した目標に向かって、自分のやり方で成長を遂げるために真の援助をしなければならない。矯正しようとする熱意に満ちた心理療法家や、無意識に子どもを自分の描くイメージに当てはめようと躍起になる心理療法家には、こうした関係を築くことはできない。
子どもをあるがままに、その子自身の適用レベルで受け入れ、自分の問題を自分で解決できような自由を与えてやる意欲がなければならない……。(『カウンセリングと心理療法-実践のための新しい概念』P.230)

ここで子どもの完全性について「真に」という言葉が添えられていることから、これは単なる比喩ではなく文字どおりの意味であることが窺えます。
そしてこれに「自己一致-自己不一致」の概念を重ね合せますと、(究極は生まれたばかりの)子どもは自己一致した完全な存在であるのに対して、環境の影響により自己不一致を強いられる大人は不完全な存在であり、それゆえセラピーの目的は失われた子どもの状態を取り戻すことであると考えられていたことが窺えます。

だと致しますと、子どもに変化を促すあらゆる行為、例えば躾(しつけ)のようなものまでが自己不一致をもたらす有害なものと考えられていた可能性があります。
そしてそれを示唆するような記述が別の本にありました。

躾さえも自己不一致をもたらす有害なものと考えられていた可能性を示すロジャーズの養育態度

諸富祥彦さんの『カール・ロジャーズ入門―自分が”自分”になるということ』の中に、ロジャーズ自身の子育てに関する次のような記述があります。

興味深いことにロジャーズ夫妻は最初、ワトソン流の行動主義にしたがって子育てをしようとしました。気持ちや体の触れ合いをせず、スケジュールどおりに育てようとしたのです。

行動主義は人間の心の働きをすべて「刺激に対する反応」として理解しようとする、機械論的な人間観を特徴としています。
このような人間観を反映した生理学の知見のみに基づくような機械的な育児方法を、ヒューマニズムに溢れる心理療法を生み出したロジャーズが行ったとは信じがたいかもしれません。

ですが生まれながらに人間の心は完成されており、それが環境の作用によって損なわれていくと考えていたのであれば、その完成された状態を維持するために、できるだけ干渉を避けるべく心の触れ合いを避けようとしたと考えれば辻褄が合います。

一般的に傾聴は、フォーカシングの創始者のジェンドリンらと行ったカウンセリングの効果に関する大規模な調査の結果から生まれたものと考えられているようですが、これまで考察しましたようにそれはロジャーズの確固たる人間観を色濃く反映してもいるというのが私の考えです。

カール・ロジャーズの人間観 参考文献

マイケル・カーン著『セラピストとクライエント―フロイト、ロジャーズ、ギル、コフートの統合』、誠信書房、2000年
C.R.ロジャーズ著『カウンセリングと心理療法―実践のための新しい概念(ロジャーズ主要著作集1)』、岩崎学術出版社、2005年
諸富祥彦著『カール・ロジャーズ入門―自分が”自分”になるということ』、コスモスライブラリー、1997年

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