前回の記事「私説:リハネンが開発した弁証法的行動療法におけるマインドフルネスの技法と効果」では、境界性パーソナリティ障害の治療に特化した弁証法的行動療法で用いられるマインドフルネスについて、その技法や効果などを紹介しました。
今回はその弁証法的行動療法で用いられるマインドフルネスとは異なる手法が、同じマインドフルネスという名称で一般に広まっているため、両者を比較検討します。
弁証法的行動療法におけるマインドフルネスと、リフレッシュ法としてのマインドフルネスとの違い
意識の在り方〜ただ観察する vs 呼吸に意識を集中する
まず両マインドフルネスの技法上の大きな違いは、意識の在り方です。
弁証法的行動療法におけるマインドフルネスでは、心の中に生じていることをただ観察します。
それに対して一般に広まるリフレッシュ法としてのマインドフルネスでは特的の事柄、典型的には呼吸に意識を集中させます。
このように同じマインドフルネスという名称でありながら、その手法は大きく異なっています。
このため、その効果も後に述べるように当然異なってきます。
バックボーン〜禅宗の座禅 vs ヨガの瞑想
上述の意識の在り方の違いは、それぞれの技法が依拠する思想の違いを反映したものと考えられます。
具体的には弁証法的行動療法におけるマインドフルネスは、開発者のリハネンが著書『弁証法的行動療法実践マニュアル』の扉で、敬愛する先生の一人として禅の老師の名を挙げているように、弁証法的行動療法は禅の思想の影響を強く受けており、その中核的なスキルであるマインドフルネスの技法も座禅に近いものとなっています。
それに対してリフレッシュ法として広まりつつあるマインドフルネスが用いる呼吸への意識の集中は、ヨガの瞑想などで使われている手法です。
効果〜ストレス耐性の高まり vs リフレッシュ(頭がスッキリする)
続いては効果の違いです。
弁証法的行動療法におけるマインドフルネスで得られる最も大きな効果は、ストレス耐性と呼ばれる、ストレスを感じてもそれに耐えられる力がつくため、さほど気にならなくなることです。
これは前回の記事でも触れましたように、物事を「あるがまま」に受け止め、どのような状況に直面しても心を煩わされなくなることを目指す禅の思想の影響を受けているためと考えられます。
耐えられるのであれば別にストレスをなくす必要はない、それが禅宗およびその影響を強く受けた弁証法的行動療法の考え方です。
対して一般に広まる主に呼吸に意識を集中させるマインドフルネスの効果は、すでにその用語を使用しておりますようにリフレッシュ、より具体的には頭がスッキリしたように感じられることです。
座禅を行なったことがある方でしたらご存知でしょうが、人間は無自覚に頭の中で四六時中言葉を発しています。
このため一時的にでも呼吸に意識を極度に集中させれば、頭の中のおしゃべりが収まり思考の働きを休めることができます。
私見ですが、これが呼吸に意識を集中させるタイプのマインドフルネスを行なうと、頭がスッキリしたように感じられる理由ではないかと考えられます。
またこの作用機序からすれば、意識を集中させる対象は別に呼吸でなくても構わないことになります。
実際、呼吸以外にも体(身体感覚)に意識を集中させるタイプのマインドフルネスも存在しています。
ニーズの違い
最後に上述のような技法の違いが生まれた要因として、ニーズの違いを挙げておきます。
弁証法的行動療法は、気分の浮き沈みが激しく心が非常に不安定なため、医療スタッフや心理療法家との安定した人間関係を築くことが困難な境界性パーソナリティ障害の治療のために、それまでの精神分析などに代わるものとして開発されたものです。
ですからこの心理療法が目指しているのは、気分が分刻みでジェットコースターのように急激に変化してしまい、しかもその変化を自分ではほとんどコントロールできない人が、それを可能とするスキルを培うことです。
それに対して一般に広まるマインドフルネスは、企業研修にも取り入れられているように、耐え難いほどの症状に悩まされているわけではない人が、それでも時折感じられるストレスを解消することでQOLを高めたり、あるいは企業からすれば生産性の向上などを目的としたものです。
このようにニーズが違えば、その技法が異なってくるのはむしろ当然なのですが、しかしそのニーズがまったく異なる技法に同じ名称が用いられるのは混乱の元と思えてなりません。
なぜこのような事態になってしまっているのかについては、明日から2週に渡って日本産業カウンセラー協会のマインドフルネスの講座を受講しますので、もしかしたら何か手がかりが得られるかもしれません。
弁証法的行動療法におけるマインドフルネス 参考文献
マーシャ・M. リネハン著『弁証法的行動療法実践マニュアル―境界性パーソナリティ障害への新しいアプローチ』、金剛出版、2007年