ダン・ニューハース著『不幸にする親』

1ページ目では支配欲が強いように見える母親の多くが、実はその自覚なしに子供をコントロールしている点について触れましたが、その無自覚なコントロールは、しばしば我が子のみならずその交友関係など周囲の環境にまで及びます。
その要因を探るのが、このページの目的です。

良い子とだけ付き合って欲しいとの切実なる願い

今回は例として交友関係を取り上げますが、子供に対して自分が気に入った友達とだけ付き合って欲しいと願い、その実現のために干渉し続ける母親の動機の典型は子供のことが心配だからというものです。
つまり子供の交友関係に対する干渉は、意識の上ではあくまで子供のことを案じ、子供のためを思ってのことであり、したがってコントロールしたい(思い通りにしたい)がためではありません。

では何がそんなに心配なのかと言えば、これもその典型は悪い子と付き合えば、その子の影響で愛する我が子までが悪い子になってしまうというものです。
お気持ちは分からなくもないですが、その心配が高じて「お母さんが代わりに選んであげる」という事態にまで発展してしまうと、子供の意思が尊重される余地がまったくなくなってしまっているように思えます。

子供をコントロールして止まない母親は恐らく主体性が乏しい人

ここから先は私の解釈ですが、上述の母親の心配が高じて子供を際限なくコントロールしてしまう現象の根底には、人間関係の影響を非常に重視する傾向があるように思えます。

以前に主体性に関する記事の中で、主体性が乏しい人の特徴の1つとして「自分の中に判断基準を持たないため、常に他人の意見の影響を強く受け、それに翻弄されがちになる」旨のことを指摘しました。
(現時点で7ページありますが、宜しければご一読ください)

恐らく子供のことを無自覚にコントロールしてしまう母親の多くも、この主体性が乏しいタイプの人ではないかと考えられます。
加えて人間には自分と同じ属性を他人も持っていると思い込む傾向がある点も考慮すると、子供も自分と同じように日々周囲の人からの強い影響に晒されているに違いないとの思い込みがあり、それゆえその影響を可能な限り良質なものにしなければならないと必死になっているのではないかと考えられます。

主体性が乏しい人が日々経験しているのは、Aさんとは別のことをBさんから言われ、どちらが正しいのか分からなくなり混乱するというように、様々な考えに翻弄されることであり、他人の意見を自分の価値観に照らして取捨選択するなどと行為が可能であるとは想像もつかないことです。

したがって子供の交友関係に執拗に干渉する母親には、悪い子の影響を遠ざけるという直接的な目的の他に、常に良い考え方だけが存在する良質かつ均質化された環境の中に子供を置いてあげることで、自分が経験している混乱状態を経験せずに済ませてあげたいとの思いもあるのではないかと考えられます。

特定の価値観しか存在しない均質化された(安全な)社会の中で生きて行って欲しい

このように考えるもう1つの根拠は、子供を無自覚にコントロールする母親が、しばしば「私の言う通りにしていれば何も心配は要らない」と言って、子供を安心させようとする点にあります。

もし多様な価値観が存在する社会に子供が生活していたら、自分で考える習慣のない子供は、まさに自分と同じ混乱状態を経験することになってしまいます。
したがってそれでも「何も心配は要らない」と思えるということは、特定の価値観しか存在しない均質化された社会を思い浮かべてのことではないかと推測されます。

ダン・ニューハース著『不幸にする親』
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