ドラマで「意識高い系」の意味を知る
今晩からスタートするNHKBSプレミアムのドラマ「その男、意識高い系。」
「意識高い系」という言葉は聞いたことがありましたが、まさか口先ばかりで実力が伴わない人のことを指す言葉だとは知りませんでした。
このような人の印象は常識的にはむしろ「意識低い系」の方がピッタリのように思えるからです。
ですが当事者の方にとってはそれでも「意識高い系」の方が遥かにしっくりくるはずです。
誇大感が「意識高い系」の言動を作り出すケースもある
このような言動を繰り返す方は、その場で出まかせを言っているとは限りません。
私の若い頃がまさにそうでしたが、その時は本当にその言葉通りに感じているので本心を話している場合もあります。
後者の場合は誇大感と呼ばれる頭の中の自分のイメージ(以下、自己イメージ)が限りなく素晴らしいものとなっており、その想像に過ぎない自己イメージを本当の自分と錯覚するために、景気の良い話が口をついて出てしまいます。
私の場合はそうして入社当時は大ぼらを吹いて注目を集めるも、それがいつも有言不実行に終わるため、そのうち誰からも相手にされなくなり、結果居づらくなって転職するということを繰り返していました。
さらにその転職でさえ、意識高い系の私の頭の中では、常に都合の良い理由付けがなされ、すべては順調なキャリアアップと見なされました。
これでは自分を顧みることさえできませんし、反省して心を改めることなど夢のまた夢です。
誇大感をもたらす躁的防衛
こうした誇大感の基づく行動パターンの背後には、躁的防衛と呼ばれる防衛機制が働いていると精神分析では考えられています。
躁的防衛とは辛く落ち込んだ気分を、それを引き起こしている原因に一切向き合うことなく、常に何か気分が良くなるようなことをしたり考えたりして解消を図ることを指します。
そして、いつもこのような行為に頼るのは、辛い気分に耐えることが難しい、つまりストレス耐性が低いことが原因と考えられています。
(反省や自己洞察は、辛い気分にある程度耐えることができて初めて可能となります)
※躁的防衛は以前の投稿「「理想化-価値下げ」の防衛機制が自己愛的な症状を生み出す~自己愛講座8」の文脈に即して言えば、辛い「価値下げ」の状態から心地良い「理想化」状態に移行するために用いられると言い換えることもできると思います。
意識高い系の方に必要なのは辛い気分に耐えられるようになる(ストレス耐性を高める)こと
ですから意識高い系の方に必要なのは、その辛い気分に耐えられるようになる(ストレス耐性を高める)ことであり、これは自己愛障害の治療の基本的な目標とも考えられています。
つまり意識高い系の方は典型的な自己愛人間ということです。
私が自己愛障害を改善できたのは自己分析を行うようになってからですが、それは向き合えないものに無理に向き合った地獄の日々でした。
また以前に紹介した「パーソナリティ障害の診断と治療」でも自己愛的なパーソナリティの人の治療は反社会性パーソナリティの人についで難しいと書かれています。
ですからこうしてドラマなどでも描かれる「よくいる人」にもかかわらず、その治療は非常に困難です。
問題に向き合わないのではなく、辛すぎて向き合えないのです。