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「自分は世界一不幸な人間」との自己認識が、自己愛的な人の共感能力をますます妨げる~自己愛講座50

要約:重症域の自己愛障害の人にしばしば見られる「自分は世界一不幸な人間」との自己認識は、辛い状況に置かれている人に対して「自分に比べれば遥かに恵まれている」との考えを生じさせ、これが相手の気持ちに共感する意欲をますます削いでしまうと考えられる。

前回の記事「自己愛的な人の非共感性などの考察~秋葉原無差別殺傷事件の加藤死刑囚の言動や世間の反応を参考に: 自己愛講座49」で参考にした、NHKの事件の涙「“君の言葉”を聞かせてほしい~秋葉原無差別殺傷事件~」の内容は、自己愛の病理的な側面について参考なる点が多いものでしたが、特に私にとって有益だったは、自分は世界一不幸な人間との自己認識と、自己愛的な人に共通の特徴とも言える非共感性*との関連性が得られたことです。

*非共感性とは共感能力を欠いた性質を指す用語ですが、この共感能力とは他人の心の痛みを感じ取ったり、相手の立場に立って物事を考えることができる能力を意味します。

「自分は世界一不幸な人間」との自己認識が、自己愛的な人の共感能力をますます妨げる

番組内でこの点について直接言及されていた訳ではありませんが、番組を見ながら閃いたのは次のような考えです。

「世界一不幸な人間」との自己認識を文字通りの意味で受け止めれば、もし仮にとても不幸な人生を送ったり、辛い目に遭っている人が他にいたとしても、自分に比べればまだマシで、ずっと恵まれた人生を送っていると言うことになります。

だとすると、その恵まれた人生を送っている人に対して、同情したり辛さを理解したいと思う気持ちが果たして積極的に生じるでしょうか。
それよりも自分に比べれば大したことのないことで辛そうにしている人に対しては、むしろ堪え性がないことに対して軽蔑心が生じたり、あるいは「自分の方がもっともっと辛い目に遭っているんだ」との思いから腹が立ったりするのではないでしょうか。

同じく自己愛的な親の非共感性が受け継がれるとの発達論的観点

自己愛的な人の非共感性に関しては、発達論的な観点からは『パーソナリティ障害の診断と治療』の「自己愛性パーソナリティ」の章でも紹介されているように、精神分析の世界では同じく自己愛的な性格構造を有した親の特性を引き継いだものとの考えが一般的なようです。

具体的には、生まれ持った気質に加えて、それ以上に物心ついた時から、親から自分の気持ちを理解してもらえるような経験をほとんど積むことなく成長することの影響から、その感覚が分からないまま大人になってしまうと言うものです。

補足) この他にも (私がそうでしたが) 共感能力が少しも育っていないことで、学童期の集団生活に不適応を起こしてしまい、その後もその能力があまり伸びていかないケースが考えられます。

成人になってからでも共感能力を伸ばすことは可能だが「世界一不幸な人間」との自己認識はそれを妨げてしまう

ただそうして共感能力が育まれないまま大人になってしまったとしても、その後の性格は生涯まったく変化しないわけではなく、私自身もそうであったように、本人の努力や周囲の人との健全な関わりなどによって変化する可能性があります。

しかしその肯定的な変化の可能性を大きく減らしてしまう主な要因の1つが、前述の「自分は世界一不幸な人間」との自己認識ではないかと考えられます。
なぜならこの自己認識は、既に述べた理由から他人を軽蔑したり敵意を抱かせるだけだからです。

「世界一不幸な人間」との自己認識は、生活の質をも低下させ続ける

またこの自己認識は、自分を憐れむことに関心を集中させ、そのことに多くの時間を費やさせることになるため、「自己愛講座49」でまとめた自己愛的な人の特徴2の「自分の身に起こることは過大評価し、それ以外のことは全て過小評価する」との、病理的な自己愛の基本的な特徴とも言える傾向をますます強化してしまい兼ねません。

またそれに加えて自分を憐れみ他人や社会を恨むことばかりに時間を費やすことで、日常生活に必要な時間や自己研鑽の時間がどんどん奪われて行くため、ますます生活の質を落としてしまい、それが更なる不幸感を招くと言う悪循環に陥ってしまいます。

認知療法のワークブックで「自分は世界一不幸な人間」との自己認識を変えられる可能性がある

以上の考察から「自分は世界一不幸な人間」との自己認識に陥ってしまっている重症域の自己愛障害の人は、その不幸感の一部は上述の自己認識によって強化されてしまっていることを認識し、まずはその認識を改める努力から始めてみることをお勧め致します。

またそのために自分自身でも取り組める方法としては、ワークブックを用いた認知療法をお勧め致します。

大野裕著『こころが晴れるノート:うつと不安の認知療法自習帳』、創元社、2003年

こちらは日本における認知療法の第一人者の方の、ロングセラーを続けている著書です。
この他にも大型書店へ行けば類書が多数置かれていますが、こうしたワークブックを利用することで「自分は世界一不幸な人間」との自己認識を生み出している考え方の癖に気づき、それをご自身にとって望ましいものに変えていける可能性がありますので、ご利用をお勧め致します。

補足) 心理職の方へ~今回取り上げたような自己認識を表明する方に対して、いきなりそれを認知の歪みとして直面化するような態度を取れば、「このカウンセラーは何も分かってくれない」と思われ、たちまち関係が破綻し、セッションが中断してしまう恐れがあります。

ですからそうではなく、まずは何がこの方をそこまでの不幸感に追いやってしまっているのかを想像してみる必要があるように思えます。
次のページではその点について考察する予定です。

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