ミック・クーパー著『エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究』

ミック・クーパー著『エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究』〜個々の心理療法のエビデンスだけでは不十分なことを提示

1ページ目で心理臨床の仕事に携わる方に『エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究』をお勧めする理由を書きましたが、このページでは同書を読むにあたっての留意点を記します。

推奨される技法に関しては何も記述がない

1ページ目でもその一部を紹介しましたように『エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究』には、非常に多岐に渡る項目の調査データが記載されています。
しかしこれらのデータから導き出される、いわば究極の技法はもちろんのこと、推奨される技法すら述べられていません。
ですからそうした情報を期待される方は失望されるかもしれません。

多元的サイコセラピーを志向するクーパー氏

しかしそれも著者のミック・クーパー氏の信念を知れば納得できます。

特定の治療モデルにクライアントを引き込むのではなく、クライアントとセラピストの協働によって、クライアント自身が意味あるセラピーを主体的に構築していくことを重視したセラピーである(同書 P.293)。

こちらは「監訳者あとがき」にある文章です。クーパー氏の治療スタイルは多元的サイコセラピー(Pluralistic Psychotherapy)と呼ばれ、ここでの多元的とは人間の多元性を表しています。
またその人間の多元性が意味することとして、次のような記述もあります。

クライアントがクライアント自身にとってそれぞれのあり方で変化を遂げていくセラピーのあり方を中心に据えた考え方である(同書 P.293)。

この一文から多元的サイコセラピーとは、どのような方向に変化していくのかをセラピストが決めたり促したりするのではなく、クライエントが選び取っていくことを目指すものであることが理解できます。
また、そうだとすれば一見ロジャーズ派のクライエント中心療法のような、セラピストがセラピーを方向づけることを極力控える技法が理想的なように思えます。

しかしクーパー氏の提唱する多元的サイコセラピーでは、前述の引用文にあるように「特定の治療モデルにクライアントを引き込む」ことに対して異を唱えています。
この理由の1つとして思い当たるのが、同書の監訳者の1人でもいらっしゃる末武康弘氏のセミナーで得られた情報です。

カウンセリングの基本として教わるクライエント中心療法の効果は思いの外低い

そのセミナーは10年ほど前に産業カウンセラー協会の主催で開かれたもので、内容はクライエント中心療法に関するものでした。
その中で講師の末武氏から、クライエント中心療法のみを用いたセラピーで効果が得られたのは30%であったのに対して、認知療法を併用するとそれが60%にまで上昇した旨の話を聞きました。
(ただし他の技法と併用したデータは示されませんでしたので、認知療法のみで試した可能性があるかもしれません)

重要なのは、このクライエント中心療法単一での効果の低さを示すデータが、ライバル心を燃やす他の技法の研究者からではなく、日本におけるクライエント中心療法の主要な研究者の1人である末武氏からもたらされた点です。
ですからこの調査結果は、かなり信憑性が高いと考えられます。

またこの調査結果の妥当性を示す例として、これはエビデンスと言えるほどのものではありませんが、セカンドオピニオン的に私のセラピーを希望されたクライアントの過半数が、それまでクライエント中心療法単一のセラピーを受けており、不満の理由として大多数の方が「ただ話を聞いてくれるだけで、何の解決にもならなかった」点を挙げていたことがあります。

これらの例のように、理屈の上ではクライアントの主体性を最も促せるように思えるクライエント中心療法が、現実の成果はその理想に程遠いものであることからも、単一の技法に固執する方法論には限界があるように思えます。

私説:クライアント(のリソース)に最大限の信頼を寄せるクーパー氏

これはあくまで推測ですが、恐らくクーパー氏は、ロジャーズ派の考え方を一部援用すれば、クライアントは潜在的にでも自分が進むべき方向を知っているだけでなく、そのために活用する最も効果的な手段、この場合は技法についても知っているとの想定があるのではないかと考えられます。
だとすればセラピストが特定の技法に固執することは、そのクライアントのリソースを阻害してしまうことになるでしょう。

私にはクーパー氏は、ここまでの信頼をクライアント(のリソース)に寄せているように思えます。
しかしそれは単にヒューマニズム(人間中心主義)的な思想に駆られてのことではないと思います。
もしそうであれば『エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究』に示されているような、徹底したエビデンスの研究には向かわないはずだからです。
理想主義的な人は何より自身の理想を重んじ、それゆえ現実からは得てして目を逸らすものです。

引用文献

ミック・クーパー著『エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究―クライアントにとって何が最も役に立つのか』、岩崎学術出版社、2012年

補足)原田隆之著『心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門』も強くお勧めしたい一冊です。

ミック・クーパー著『エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究』
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