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市民社会の出現と共に「自己の価値」が問題視され、人々や社会の自己愛化が始まった~自己愛講座7

19世紀の価値観や社会構造の変化により「自己の価値」という自己愛的な悩みが生じ始めた

今回の自己愛講座は、人々や社会の間に自己愛的な心理が誕生した歴史的経緯についてです。
先日紹介しました「パーソナリティ障害の診断と治療」の「自己愛性パーソナリティ」の章に次のような一文があります。

1800年代の初頭トクビル(フランスの思想家、政治家[1805~59])は、社会が機会の平等を喧伝したことによって、市民は自分の要求が特別な価値を持つものであることをいかに示すかということに心を向けるようになったと述べた。
はっきりとした身分を与えてくれる階級制度を持たないと、彼らは自分の「位置」がちゃんとしたものであることを示してくれるような目に見える証拠を集めようと努める。(P.199)

上述の文章は、それまでの時代とは異なり、民主化により人々が自分の人生を自分で選択できるようになり、また(たとえ建前であったとしても)目的達成のための努力を惜しまなければその夢が叶えられるようになったことが、皮肉にも自己価値の問題に悩まされるきかっけとなったことを示しています。

そしてここでの「自分の要求が特別な価値を持つものであることをいかに示すか」「自分の位置がちゃんとしたものであることを示してくれるような目に見える証拠」「自己価値」などが、以前の自己愛講座1で示した自己愛性パーソナリティの定義の「他者から肯定されることによる自尊心の維持」と密接に関わる、自己愛的な性格の人の中核的な関心かつ悩みでもあります。

ですがこのことは心理学のみならず社会学・芸術学などの多くの文献を当たってみますと、この時代から人々は自己価値という自己愛的な問題に悩まされるようになったというよりも、そもそも自己(=私、自分)という概念や感覚さえ明確には存在していなかった、ですから自己が意識されるようになったため、同時にその価値の問題にも悩まされるようになったというのが本当のところのようです。

18世紀までは「私」という感覚さえ明確ではなかった

このことをキリスト教文化圏を例に、簡単に説明させていただきます。
今日とは比べものにならないほどキリスト教が大きな影響力を持っていた中世の頃までは、人間は神から造られたもの(被造物)であり、この世の出来事はすべて神の意志に基づいたものというような考えが、今の私たちが科学的な事実と信じているのと同じレベルで信じられていました。
このようにすべてを神が規定するような世界では「私」という感覚や、その私の「意志」という感覚などは非常に希薄だったと思われます。

また同時に厳格な身分制度が存在しておりましたので、職業の選択をはじめとした個人の自由にできることも非常に限られていたため、夢や目標に向かって努力するなどということも今日ほど一般的ではなかったと考えられます。

このようにそれ以前は常に神という絶対的な存在が力を持ち、その神の意志によって造られた存在に過ぎず、また生まれた瞬間から運命のように人生が規定されていた状態が、ある時から人間は猿から進化した生物であり、したがってこの世は神の意志によって規定された運命のようなものではなく、自らの意志によって変えていくことが可能なのだというように変化して行ったものと考えられます。
そしてこの価値観の変化は人々にとって産業革命以上の衝撃だったのではないかと考えられます。

皮肉にも「自己」の出現が人々や社会の自己愛化の原動力となった

最後に要約致しますと、19世紀以降の人々や社会の自己愛化は次の2つの要因により始まったと考えられます。

1. 18世紀までは神が圧倒的な力を持っていたため私という「個」の感覚が曖昧だったものが、19世紀以降の近代科学の発展に伴う神の力(=キリスト教の影響力)の衰えと共に「個」の感覚がハッキリとした形で芽生えた。
この変化により自己愛の対象となる「自己」が明確に意識され始めた。

2. 同時に絶対的な階級制度の崩壊により、自分の人生を自分で選択できる自由を得た反面、絶対的な価値観(神による世界の支配もその一つ)も消滅した。
この変化により、それまでは絶対的な価値観に盲目的に従ってさえいれば良かったものが、これからは自らの力で新しく生まれた「自己」の価値を生み出さなければならなり、このことが今日まで続く自己価値に関する悩みの始まりとなった。

このように絶対的な価値観の崩壊により様々な自由を得た結果、皮肉にも明確な答えのない(何ら確証が得られない)混沌とした世界が生まれ、その中で新しく生まれた「私」は生きざるを得ない。これが私たちが直面してる問題なのだと思います。
自己が生まれ、また様々な自由を手に入れたことで「自己の価値」という自己愛的な悩みも同時に生まれたとは何とも皮肉ですが…

ナンシー・マックウィリアムズ著「パーソナリティ障害の診断と治療」@通販

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