要約:自己愛的なパーソナリティの中核的な心理として、自我心理学の防衛規制の一つである「理想化-価値下げ」を想定し、この防衛規制の働きから「完璧主義」「他人との優劣への過敏性」「他人を道具のように扱う人間関係のパターン」など、その他の特徴が生み出されていることを考察。
今回の自己愛講座は最も重要なものかもしれません。
内容は「理想化-価値下げ」と呼ばれる防衛機制*についてですが、事実上この防衛規制を頻繁に用いる人が自己愛的な性格構造を持つ人(自己愛性パーソナリティ)と鑑別され、またすべてというわけではありませんが自己愛的な人に顕著に見られる様々な症状を生み出すベースとなっていると考えられているためです。
*防衛規制〜フロイトが考案した、人間がストレスに対処するために用いる心理的な方策。
「理想化-価値下げ」とは?
「理想化-価値下げ」とは物事に常に優劣をつける防衛機制で、何かが優れているものと判断(=理想化)されれば、それ以外のものは何の価値のないものと「価値下げ」されるというように、およそ「対等」「ほど良い」などという感覚が存在しない極端な思考パターンです。
補足) 「理想化-価値下げ」の価値下げの部分は、脱価値化・こき下ろしと称されることもあり、特に脱価値化という言い回しの方が一般的に普及しているようです。
ハッキリと優劣が分かるものにだけ価値を置く傾向
この防衛機制は何でも優劣をつけるわけですが、それを可能とする為には優劣の判断の拠り所となる明確な基準が存在しなければなりません。
ですから「理想化-価値下げ」を多用する人は、アンケート調査で得られたものや世間一般の評価も含めて、数値化可能なものなどハッキリと優劣が分かるものにだけ価値を置く傾向があります。
例えば「一番偏差値の高い学校はどこ?」「一番高いものはどれ?」「一番人気があるものはどれ?」「一番評判の良い人は誰?」「一番社会的ステータスが高いのはどの仕事?どの会社?」…という感じにです。
またその反面「理想化-価値下げ」に頼る人は、数字で表せないような曖昧で価値判断が難しい事柄を価値がないものとして見下す傾向があります(価値下げ)。
自分自身も優劣の評価の対象となる結果、自己愛的な無価値感・無力感・空虚感・虚無感に支配される
「理想化-価値下げ」の対象となるのは他人や社会の出来事ばかりではありません。自分自身もその対象となります。
誰でも理想自己と呼ばれる理想的な自分のイメージを持っています。このこと自体はそれに向かって努力するという人生の目標ができますので、むしろ必要なものです。
ところが「理想化-価値下げ」を多用する人は理想自己に高い価値を置く反面、それに届かない現実の自己を何の価値のないものと「価値下げ」してしまいます。
こうして理想自己と現実の自己の評価が極端に解離し、また現実の自己を一切受け入れられなくなってしまいます。
そしてこの現実自己の価値下げが、自己愛障害の方の中核的な悩みとも言える、自分には何の価値も力もないという無価値感・無力感や、心が空っぽのような空虚感・虚無感などを生じされるのではないかと考えられます。
またこのことから自己愛障害の方のカウンセリングの目標は、これらの辛い感覚を生み出していると想定される「理想化-価値下げ」の防衛機制を緩和し、現実自己を受け入れられるように促すことであることが分かります。
極端で不寛容な価値観が完璧主義を生み出す
また自分の理想に適うことのみに価値が置かれ、それ以外の状態は蔑みの対象しかないのですから、完璧主義的な思考パターンも生まれます。
自分が理想化されている時は他人が価値下げされ蔑みの対象となる
次に人間関係に視点を移しますと、冒頭の定義の部分で触れましたように、何かが理想化されれば半ば自動的にそれ以外のことは価値下げされますので、理想自己に同一化し自分が理想化されている状態*では必然的に他人が価値下げされます。
そしてこの状態がDSMの「自己愛性パーソナリティ障害」の診断項目に列挙されている、また世間一般の自己愛的な人の印象を形作っている尊大・傲慢・特権意識・誇大感・他人を自分の道具のように扱うなどの症状を生み出しているのではないかと考えられます。
*このプロセスについての考察は大部になりますので、今回は省略させていただきます。
「理想化-価値下げ」をとおして自己愛的なパーソナリティが受け継がれていく
最後に「理想化-価値下げ」の防衛機制の生成過程(発達論)についてですが、ある人に「理想化-価値下げ」的な思考パターンが顕著に見られる場合、ほとんど例外なくその人の親も同じく「理想化-価値下げ」を多用する傾向が見出されています。
このことから親の何でも物事に優劣をつける「理想化-価値下げ」的な思考パターンを子供が常識として吸収する(学習する)形で自己愛的なパーソナリティが受け継がれていく(連鎖する)のではないかと思われます。
※この他にも自己愛の延長(物)と呼ばれる、子どもが親の自尊心を維持するための道具のような役割を担わされることも、自己愛的なパーソナリティが連鎖する大きな要因です。
以上、駆け足になりましたが「理想化-価値下げ」の防衛機制が自己愛障害の病理的な症状を生み出すプロセスについてまとめました。
「自己愛講座8」参考文献
ナンシー・マックウィリアムズ著『パーソナリティ障害の診断と治療』、創元社、2005年
岡野憲一郎著『恥と自己愛の精神分析:対人恐怖から差別論まで』、岩崎学術出版社、1998年