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カール・ロジャーズが生み出したクライエント中心療法の「内的準拠枠」に関する考察記事。
1ページ目では、その準拠枠が異なると、同じ行為を目にしてもどれほど受け止め方(解釈)が違ってくるのかを、続く2ページ目では内的準拠枠の限界とともに、同じような技法を用いる自己心理学の創設者ハインツ・コフートと対比させる形で、ロジャーズが内的準拠枠に関してセラピストに要求する水準が高すぎるように思えることを示しました。

このページでは、内的準拠枠の概念を用いてセラピーを行う際の現実的な限界について、さらに考察を進めます。

3ページめ目次:
クライエントの内的準拠枠に留まり続ける=セラピスト自身の自尊感情のケアは二の次にすること
ロジャーズ派とフロイト以降の精神分析学派とのセラピー観の違い

クライエントの内的準拠枠に留まり続ける=セラピスト自身の自尊感情のケアは二の次にすること

セラピストがクライエントの内的準拠枠に留まり傾聴し続けるセラピーを行う際、主観的に感じられるもっとも困難な事柄は集中力の持続かもしれません。

しかし主に自己愛性パーソナリティ障害を典型とした自尊感情に問題を抱えるクライエントに対して、クライエント中心療法と同じように内的準拠枠を活用し傾聴を行なってきたと考えられる精神分析の一派の自己心理学のセラピストの間では、従来から集中力の持続とは別の困難さが存在することが指摘されてきました。
それは自らの自己愛は脇に置かねばならないことです。
(ただしこのことは後述するように、精神分析家の間では傾聴に限らずセラピーに共通する事柄と考えられてきました)

この言い回しは精神分析独特のもので分かりづらいかもしれませんが、これは自分の自尊感情のケアは後回しにしなければならないことを意味します。

具体的には例えばクライエントとの関わりの中でセラピスト自身が傷つくような体験をしたり、あるいは対立的な関係に陥ってしまった場合でも、決して報復したり防衛的な態度を取ったりすることなく、クライエントの立場に身を置き続けることの困難さです。

これはどれほど臨床経験やトレーニングを積んだとしても、セラピストも他の人と同じように傷つきやすい側面を持った人間ですから、このような自分の心を粗末に扱うに等しい態度をそう簡単に続けられるわけもなく、しかしそれを無理して行い続けるのですから、メンタルに不調をきたしてもおかしくないためです。

こうした懸念事項はクライエント中心療法ではほとんど考慮されていない印象を受けますが、少なくてもフロイトが死去した後の1970年代に登場した自己心理学やその後の間主観性アプローチなどの関係性を重視する精神分析の学派では、セラピスト-クライエント関係に無視できない影響を与えるものとして非常に重視されてきました。

クライエント中心療法と1970年代以降の精神分析とのセラピー観の違い

なお、この両者の違いを生み出しているのは、セラピーという行為の基本的な性質に関する信念の違いではないかと考えられます。

クライエント中心療法のセラピー観

クライエント中心療法では創始者のカール・ロジャーズがセラピーにエビデンスと称される科学的な検証性を求め、その検証作業の中から生まれた技法(これが当初は非指示的療法と呼ばれたクライエント中心療法)は、クライエントに肯定的な変化をもたらすと想定される3つの態度要件に基づいた傾聴のスキルさえ習得できれば、誰でも実践可能なテクニックであると考えられてきたようです。

加えてここでの態度要件とは、セラピストの内面について触れたものではありますが、それはセラピーを成功に導くためにセラピストが心がけるべき内容を規定した指針、つまり理想的なセラピスト像を提示したものであり、後述の精神分析における教育分析の慣習の中から生まれた知見とは性質が大きく異なります。

1970年代以降の精神分析のセラピー観

それに対して精神分析では、創始者のジグムント・フロイトが、セラピストに対して転移の受け皿となるためにセッションに一切影響を及ぼさず、クライエントの心をそのまま映し出す鏡のような存在になることを求めたため、トレーニングでは教育分析と呼ばれる自身が1,000回にも及ぶ精神分析を受ける自己分析の過程が必須とされました。

このように精神分析では、当初からセラピーはテクニックさえ習得すれば誰でも実践できる代物とは考えられておらず、むしろ徹底した自己分析により自身の性格や心理的な弱点などをかなりの程度知り尽くした人物によってはじめて実践可能なものと想定されていました。

このためこうした自己分析を重視する風潮の中から、セッションにおけるセラピスト自身の傷つきに関する研究も生まれてきたのではないかと考えられます。

そしてこの自己分析を重視するトレーニングの特徴は、解釈を治療の主たるツールとした従来の精神分析とは一線を画する、セラピスト-クライエント関係を重視した自己心理学や間主観性アプローチにも引き継がれています。

以上のようにロジャーズ派と精神分析学派とでは、セラピーの基本的な性質に関する信念にかなりの隔たりが存在し、それがセッションに臨むセラピストの内面に対する見解にも大きな違いを生み出しているものと考えられます。

次のページでは現代の精神分析学派が、セッションにおけるセラピスト自身の自尊感情のケアについてどのように考えているのか紹介する予定です。
(なおロジャーズ派を取り上げないのは、これまで述べたように、セラピスト自身の心の内面に関しては、三つの中核条件と知られるセッションに臨む際の態度以外については、ほとんど考慮されていないように思えるためです)

参考文献

C.R.ロジャーズ著『カウンセリングと心理療法―実践のための新しい概念 (ロジャーズ主要著作集1)』、岩崎学術出版社、2005年
C.R.ロジャーズ著『クライアント中心療法 (ロジャーズ主要著作集2)』、岩崎学術出版社、2005年
丸田俊彦著『コフート理論とその周辺―自己心理学をめぐって』、岩崎学術出版社、1992年
ナンシー・マックウィリアムズ著『パーソナリティ障害の診断と治療』、創元社、2005年

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