自己愛性人格障害・回避性人格障害・自己愛障害の原因は自己不信感・自己感の曖昧さで考察された自己感の曖昧さから生じる自己不信感を考慮しますと、自己愛性人格障害・回避性人格障害・自己愛障害の治療に効果的な心理療法は傾聴であると考えられます。
自己愛性人格障害の治療をめぐる論争:
自己愛障害、なかでも誇大性や尊大さをその特徴とする自己愛性人格障害の治療については昔から論争が絶えなかったようです。たとえばカーンバーグをはじめとした自我心理学・対象関係論とコフートの自己心理学との治療技法をめぐる対立です。
カーンバーグは自己愛性人格障害に効果的な心理療法として徹底して直面化し続けることを推奨しましたが、コフートは徹底した傾聴**を推奨しました。
*患者(クライエント)さんに現実を直視させ、ご自身の考えや感じ方が誤り、あるいは有益なものではないことを洞察させる心理療法。
**患者(クライエント)さんの話を聞きながら、感情を伴った部分や重要と思えるキーワードなどを「伝え返す」心理療法。
自己愛性人格障害・回避性人格障害・自己愛障害の治療に効果的な傾聴:
このように両者の主張はまったく異なりますが「自己愛性人格障害・回避性人格障害・自己愛障害の原因は自己感の曖昧さから生じる自己不信感」という私の視点からは、自己愛性人格障害・回避性人格障害・自己愛障害の治療に効果的な心理療法はコフートの推奨した傾聴であるように思えます。
なぜなら患者(クライエント)さんの話をそのまま認めて伝え返す傾聴は、患者(クライエント)さんに(これまでの人生ではあまり経験されることがなかったと推測される)自分の考えや感じ方を他人に認めて(尊重して)もらう・理解を示してもらえるという体験を生じさせ、その結果曖昧な自己感をより確固としたものに変え、自己肯定感の高まりを促す効果があると考えられるためです。
自己愛性人格障害・回避性人格障害・自己愛障害の自己不信感・自己感の曖昧さを強化してしまう直面化:
もう一方の直面化は自己感の曖昧さに対してまったく逆の作用、つまり反治療的に作用してしまうと考えられます。
直面化とは多少乱暴な言い方をすれば、患者(クライエント)さんに誤りを認めさせる心理療法です。
そのため自己感の曖昧さゆえに自己不信感に陥っていると考えられる自己愛性人格障害・回避性人格障害・自己愛障害の方にとって、直面化は「自分の考えや考え方は当てにならない(信用できない)ものである」との信念をますます強化させることにしかならないように思えます。
自己愛性人格障害・回避性人格障害・自己愛障害の自己不信感・自己感の曖昧さを強化してしまう認知行動療法・ブリーフセラピー:
この直面化の考え方(誤った信念を正す)は他の多くの心理療法にも見られます。たとえば最近注目されている認知行動療法です。
認知行動療法では患者(クライエント)さんの認知の歪みを修正し、より適応的な認知の仕方に変化させること(リフレーミング)を治療目標としていますが、認知が歪んでいることを示すためには必然的に直面化が用いられることになります。
また、たとえ「歪み」という言葉を使用しなかったとしても「修正を促す」こと自体が妥当性を認めない行為であることから、やはり自己愛性人格障害・回避性人格障害・自己愛障害の自己不信感を助長することにつながると思われます。
しかしこのことは認知行動療法が短期の治療を目的とした心理療法、つまりブリーフセラピー(短期療法)の性格を持つ以上仕方のないことです。
治療期間(面接回数)に制限のあるブリーフセラピーにおいては、通常治療スケジュールがあらかじめ定められており、毎回課題を遂行する形で治療が進められていきます。
したがって1時間の面接を丸々患者(クライエント)さんの話に耳を傾け理解したことを伝えることに費やすことなどできない相談です。
(これらのことは解決志向ブリーフセラピーについても等しく当てはまります)
直面化による自己愛の傷つきへの直面化を控えた治療の事例:
最後に自己愛に障害を持つ人への直面化の有害さを物語る事例を、私自身の過去の体験で示します。
直面化による深刻な自己愛の傷つき
以前に私はあるスピリチュアルな心理療法のトレーニングを受けておりましたが、その当時の私は今よりも遥かに自己愛が強く、他人から批判を受けるとすぐに自己愛的な傷つきから重度の抑うつ状態に陥ってしまうことが多々ありました。
このときもスーパーバイザーから「今の君が心理カウンセリングをできるとは思えない」旨の指摘を受けたことが原因で、絶望から自殺衝動に駆られるほどの深刻な抑うつ状態に陥りました。
そこで以前に夢を用いた心理カウンセリングを教わった別のスーパーバイザーに心理カウンセリングをお願いしたのですが、そのときのスーパーバイザーの態度はとても受容的なもので自己愛の傷つきを味わった私は大いに助けられました。
そのスーパーバイザーからの提案で、ゲシュタルト療法*を用いて自己愛の傷つきの原因となった相手との対話をもう一度見つめ直したところ、相手に方に非があるように思え、その結果「自分は悪くない」との思いから自尊心の回復が図られ窮地を脱することができました。
*空想の中で自分の性格的な一面や他人のイメージとの対話を試みる心理療法。
自己愛の傷つきへの直面化を控えた治療態度
このときのスーパーバイザーの対応(治療態度)を後から振り返ってみますと、たとえば次のように「つい」直面化してもおかしくないところでも、ひたすら私の考えや感じたことを批判を加えることなく受容的に受け止めていました。
1. トレーニングとは、そもそも厳しいもの
2. (「相手に方に非がある」点について)それが空想であり事実とは限らない
いずれの直面化についても、もしそれが実施されていたとすれば…おそらく「こんなことで傷つく自分の方が悪い」との思いから「もう心理カウンセラーを辞めるしかない」「それなら生きていても仕方がない」などと、ますます深い絶望感に陥ってしまっていたことでしょう…
どちらの直面化も伝えているメッセージは一般的にはそれなりに妥当性を持つもの、つまり正論です。
しかし一般的には妥当性のあることでも、自己愛が傷ついた状態の私には自尊心の低下や自己不信感・自己嫌悪に拍車をかけるものでしかなかったように思えます。
自己愛の傷つきへの直面化を「一切匂わせない」治療態度
この心理カウンセリングにおいてさらに重要なことは、私が「相手に方に非がある」ことを完全に事実として認識し、スーパーバイザーも私の錯覚を錯覚としてではなく事実として受け止めた(と少なくとも私に感じさせた)ことです。
もしスーパーバイザーが「それが空想である」ことを暗に示すために「~と感じるのですね」「~と思われるのですね」といった言い回しを用いれば、私は自分の確信が幻想に過ぎないことに気づかされ、上述のような治療効果は望めなかった可能性があります。
このときの私に生じていたのは、空想を現実と錯覚することによる幻想的な自己満足に過ぎなかったのかもしれません。
しかしたとえ自己満足に過ぎないとしても、それが私に自尊心の回復をもたらしたこともまた事実です。
このことは自己愛性人格障害・回避性人格障害・自己愛障害の治療の際には、少なくとも治療初期においては直面化と受け取られる「可能性のある」態度をも慎む必要性を示しているように思えます。
※なお自己愛性人格障害・回避性人格障害・自己愛障害の治療に不可欠と思われる傾聴にも欠点があります。それは経済的・時間的な制約です。
通常自己愛性人格障害をはじめとした自己愛障害の治療は、最低週1回の心理カウンセリングを2~3年ほど続ける必要があると言われています。しかし現実的にこのような治療を受け続ける経済的・時間的余裕のある方は、ごく一部の人に限られるのではないしょうか。
この傾聴による心理カウンセリングの制約をカバーする心理療法として、ゲシュタルト療法を用いて自己愛的な自分に自分自身で心理カウンセラーのように傾聴する、いわゆる自己傾聴があります。
関連ブログ:ゲシュタルト療法による自己傾聴を用いた自己愛性人格障害・回避性人格障害・自己愛障害の治療