ハインツ・コフート著『自己の治癒』

コフートの自己対象理論の歴史的な変化

要約:コフートの自己対象欲求の概念について、当初の「自己愛性パーソナリティ障害の特徴」との見解から、晩年の「人類に共通の本能的な欲求」へと大転換した経緯を、個人的な見解を含めつつまとめた。

今回の記事は、ハインツ・コフートの自己対象理論の歴史的な変化についてのまとめです。

当初は自己愛性パーソナリティ障害の判別基準と考えられていた自己対象欲求

これまで複数の記事で、コフートが想定した3つの自己対象(欲求)を取り上げてきました。

今一度整理いたしますと、(1)自分の価値を認めて欲しいとの鏡映自己対象欲求、(2)自分の模範となり理想的な状態へと導いてくれたり、頼りにできる存在を求める理想化自己対象欲求、(3)自分と似た人と関わることで変わり者ではないとの安心感を得たいとの双子(あるいは分身)自己対象欲求の3つです。

これらの自己対象欲求が働いている状況では、欲求を向ける相手を自分とは別個の存在としてではなく、自分の一部分であるかのように錯覚する傾向があるとコフートは当初考えていたため、この概念にはどこか自己肥大、自己中心的な病理現象とのイメージがつきまとい、私自身もそのような印象を抱いていました。

実際この頃のコフートは、クライアントが自分に対して向ける自己対象欲求の有無を、現在の自己愛性パーソナリティ障害に当たる病理の判別基準として利用していたようです。

晩年は病理ではなく人類共通の本能的な欲求とみなされた自己対象欲求

ところが晩年の彼は方針を大転換し、当初は自己愛性パーソナリティ障害の特徴と想定していた自己対象欲求を、むしろ人類に共通の本能的な欲求とまで考えるようになりました。
このことをコフートは自己対象欲求の存在を「呼吸に必要な酸素」に例えることで説明しています。それほど自然に生じる欲求ということなのでしょう。

健全と病理との違いは欲求の強さの度合い

したがって今日における自己対象欲求に関する健全と病理との判別は、自己対象欲求の強さの度合いで判断されているようです。

具体的には、それぞれの自己対象欲求が相手を疲弊させてしまうほど際限のないものであったり、あるいはその貪欲な欲求に自分自身が振り回されてクタクタになってしまったり、もしくは欲求が満たされないストレスに耐えきれなくなってしまう状態です。

これらは精神障害一般の判断基準である「自分もしくは周囲の人が著しい苦痛を感じたり、あるいは生活に重大な支障が生じている」旨の状態に符合するものと考えられます。

程よい自己対象欲求は相手にとっても心地よい

この欲求の強さによる健全と病理との判別は、欲求を向けられる相手の立場からみても妥当なものと言えます。

その典型が理想化自己対象欲求で、誰かの憧れの対象になることに心地よさを感じた方は少なくないと思います。
しかしその感情がどんどんエスカレートして行くと、今度はそれがかえってプレッシャーとなり辛くなってしまったのではないでしょうか。

この点は双子(あるいは分身)自己対象欲求についても同様です。
趣味や好み、考え方などが似た人に対しては初対面でも親近感を感じ、その後親しくなるきっかけとなることが多いでしょう。
しかし自分が望まないことまで同じにするように強要されると、大多数の人は息苦しさや怒りを感じるのではないでしょうか。

以上、コフートの自己対象理論の歴史的な転換についてまとめてみました。
今あらためて彼の最後の著書となった『自己の治癒』を読んでいますが、読み進めているうちに今回紹介したこと以上にプラスの作用が自己対象(欲求)にはあるように思えてきました。
その点については考えがまとまり次第、近々記事にする予定です。

自己対象に関するコフートの主著

初期の理論:
ハインツ・コフート著『自己の分析』、みすず書房、1994年

過渡期の理論:
ハインツ・コフート著『自己の修復』、みすず書房、1995年

後期の理論:
ハインツ・コフート著『自己の治癒』、みすず書房、1995年

ハインツ・コフート著『自己の治癒』
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